深海2

 サザンが、好きだ。
 と言っても、熱心なファンというほどではない。でも、夏が近づくと、毎年、聴く。時々、新譜のCDを買うこともある。
 十代の頃は、埼玉に住んでいて、埼玉が好きだったから、江ノ島だの鎌倉だのと言われても、あまり身近に感じられず、こちらは田舎なので……と思っていた。
 看護学校のとき、両親とともに神奈川に移ると、江ノ島や鎌倉が、ぐんと身近になる。
 鎌倉に住んでいる、彼氏もできたりして、デートは、海岸沿いでサザンをかけながらドライブした。当時はカセットテープだった。
 それから随分経って、偶然、コンサートのチケットが手に入る。恵子と行く。思ったより、大人のバンドだ。そう感じたのは、冬だったからかもしれない。素敵だったけれど、もう少し、私ははしゃぎたかった。
 それ以来、やや離れている。夏は、家族もちのみんなが、休みを取るから、私は働こう、そう思うようになった。
 海も、南の島も、遠い。こちらは都会なので……というところかしら。
 CDといえば、最近洋楽ばかり聴いている。女性ボーカルが多い。ゆったりとした曲を、好んで聴くようになった。今日は、ジャネットジャクソン。私は彼女も好きだ。ジャネットの曲を聴くようになったのも、看護学生のときからだ。思えば、二十代はいろいろな音楽を聴いたなあ。音楽好きが、周りにいたせいかもしれない。
 あの頃のような生活をしたいなと、できもしないのに、思う。

 インフルエンザが、流行りだしている。
 今日は職員用の予防接種に借り出された。ワクチンを注射器に詰めていく。院内アナウンスが流れると、続々と職員がやって来る。小さめの会議室に、数珠繋ぎになって、列を作る。三人の医師が、問診後、皮下注射していく。
 私は、列を誘導したり、ワクチンを詰めたり、問診表を回収したりする。
 今日は、百人くらいの職員が、予防接種を受けた。私も受ける。そのあと、体がなんだかすこし、熱い。
 業務を終了し、帰宅する。今日は寒いと言っていたが、体が火照っているせいか、厚着のせいか、不快指数はゼロだ。
 毎年、この時期に風邪を引いてしまい、みんなと同じ日に予防接種を受けたためしがなかった。今年こそはと思い、体調を崩さないように注意していた。
 百人の予防接種の仕事がこなせたのと、自分も一緒に受けられたのとで、今夜はご機嫌だ。
 明日行けば、二連休。いささか興奮気味だが、疲れはそんなに感じていない。
 夕食は炊き込みご飯と、湯豆腐にする。少々贅沢だけど、今日はがんばったので、良しとしよう。
 恵子と栄美に、携帯でメールを送る。三人で都合をあわせて会う予定だ。旅行の話はそれとなく、二人に話している。次に会うのが、楽しみになってくる。

 一雨ごとに、寒さが増している。
 東京の人は薄着だ。私は東北人に育てられたから、一人で厚着をしている。街で厚着をしている人を見かけると、仲間に見えてくる。多分東北人だろう。
 外出から帰ってきて、部屋の暖房を入れる。エアコンから、暖かい空気が流れる。多めの荷物を肩から下ろし、暖気にあたる。頬が、紅潮していくのが分かる。
 インスタントのコーヒーをカップに入れ、ポットのお湯を注ぐ。牛乳を混ぜ、一口すすると、安堵する。
 暖かいところは、とても心地よい。
 引っ越してから、煙草をベランダで吸っている。だんだん厳しくなってきた。いつから部屋で吸おう。でも、一度許してしまうと、なし崩しになってしまう。このまま止められれば、と言う思いと、煙草くらいいいじゃないかという甘えが、自分のなかで格闘する。
結局、もっと寒くなったら結論を出すことにして、バスタブにお湯を張りつつ、ベランダへ出る。震えながら、一本だけ吸う。吸っているうちに、体が冷えてきて、それでも意地になって我慢する。冷え切って、寒い寒いといいながら、服を脱ぎ、一目散でお風呂に浸かる。全身が温まる。悪いものが抜けていくような感覚になる。
寒いのを我慢して外で煙草を吸うのと、吸うのを我慢して、暖かい部屋にいるのと、どちらがいい我慢なのだろう。
答えは分かっている。けれど理想どおりにはいかないのだ。