白と黒の碑〜マルス


夢の終わり



暖炉の炎は時折、爆ぜて、細かな光の粉を弾けさせる。
ここでは、寒さで薪に残った微少の水分も凍り付き、保存される。それが、熱に煽られ、溶け出して、あえやかな音と共に、仄かな蒸気に転化する。そして作り出される、心地よさ。
アベルは、外へと視線を移す。
眼下には、既に止んだ雪に覆われ、なお黒い、広大な森が広がっている。
祖国ではあまり見かけない、細い葉を持つ木は、その木姿も細く、高い。全ての生き物は、世界に順応してその姿を変える、という説が真実ならば、あの姿もまた、重く冷たい雪を抱え込まないため、なのだろうか。
ここは、北の国だ。
アベル自身、幼い日より、幾度も物語に聞いた。この大陸世界に生きる者なら、そして、騎士と呼ばれる者ならば殊更に、知らない者などなかっただろう。世界最強と謳われた騎士団の護る、英雄の国を。
大陸世界の端に位置する、森と雪と氷の国。不屈の魂を抱えた、誇り高い人々の生きる国だ。
暗く深い夜の森を浮かび上がらせる雪。不思議な黒と白とで縁取られた世界は静寂に沈んで、つい半日前まで戦闘が行われていたのだという事が信じられない。
そう。
戦いは終わったのだ。黒騎士団の壊滅という出来事でもって。
敵軍の士気は、思ったよりも高かった。同盟軍側の被害も、微々たるものである、とは言えなかった。しかし、それでも彼らは勝った。
世界に名だたる黒騎士団は、既にない。
『死ぬ必要なんかなかったのに!』
あの戦場での王子の言葉、彼には珍しく激した様子で放たれた、苦しみや怒りや、そんな感情が入り交じって、血の滴るような響きと化したその言葉が、今でも耳に残って離れない。
炎の音に混ざって耳に届いていた音、紙を軽やかに滑るペンの音がいつの間にか途切れていた事に気づいて、アベルは顔を上げた。
羽ペンを手にしたままの王子は、遠く視線を飛ばしていた。暗く沈んだ窓の外を透かし見るように。心ここのあらずとでもいった、全くらしからぬ様子で。
先程までの己も、そのような状態だったのだろうか。
アベルは自嘲混じりの苦笑をかみ殺し、そっと王子の方へと移動する。そんな気配でも、我に返る程度にしか気を飛ばしてはいなかった王子は、すぐに目を瞬いて、アベルへと視線を転じた。
「香茶をお入れしますか」
ほんの数呼吸分の間の後。
「……ああ、そうだね」
視線を手元へと移し、途中で途切れていたらしい文章を完結させてから、王子はペンを卓上に置く。
「少し、休む事にするよ」
沸かした湯を取りに行くアベルの背に、「杯は2つだよ」と声が飛ぶ。既に常の事であり、その言葉の意味するところもまた、よく解っている。
「…王子」
こちらも常のように反論しようとする口の先を塞いで、常のように王子が付け加える。
「椅子の用意も忘れずにね」
「………………………御意に。我が君」
常と同じきっかけ、常のごとき展開の業は、結局のところ、常の結末にしかならない、という事もまた、アベルはよく理解していた。



王子の執務机の前に椅子を置き、その後、ポットに用意した香茶を運ぶ。王子は既に、机の上の書類を片づけ、茶器を置く場所を確保していた。これもまた、常の事だ。もう諫言する気も起こらない。実際、王族として、王太子として、軍の総帥としての彼の立場など、アベルが言うまでもなく、王子の方がずっとよく理解している。
「ちょうど、茶菓子もあるんだよ」
いそいそと引き出しを開ける王子の姿が、如何にかくあるべき統率者からかけ離れていたとしても。
杯から立ち上る香気を深く吸い込んで、王子が嬉しそうに微笑う。
熱い茶は苦手だが、初めからぬるい茶でも具合が悪いという王子は、いつも、茶が自然と冷めるのを待ちながら、杯を楽しそうに見つめている。殆ど、幸せそうにすら映る様子で。
「暖かいお茶が美味しいね。こんなに寒いとさ」
「もっと火を大きくしますか?」
暖炉を確認しながらのアベルの言に、王子は笑って首を横に振る。
「大丈夫。これ以上、暖かくなると、今度は仕事の能率が落ちそうだし。ただ、印象の問題かな。すごく寒いような気になるんだよ。窓の外を見ると特にね」
全ての音を吸い込むような白い雪。どんな生き物の息づかいも暖かみも拒絶するような黒い森。
温暖な気候に恵まれた、水と緑の国アリティアを見慣れた者の目には、まるで世界の果てそのもののようにすら映る。
「遅く来る春と短い夏は、そりゃあ素晴らしいって言うけれど、この厳しい冬の景色は、この国の人々には普通のものなんだよね」
だから、あんなに強いのかもしれない。この国の人々は。
王子は、そっと香茶を口に含む。王子に対して、どこか気圧されるものを感じるのは、こんな時だ。同じ場所に居て、同じものを見ているのに、彼はアベルの目には映らないものを見、アベルには思いも寄らないものを感じ取る。多分、今もそうなのだろう。今、口にした以上の事を、この少年は考え、思っているのだろう。
神妙な様子で王子を見つめる、そんなアベルをどう捉えたものか、王子の目が悪戯っぽく輝いた。
「まぁ、お茶を美味しく飲める、というのは、いい事だよね」
アベルは、茶を入れるのが、得手ではない。そんな事実に基づく軽い揶揄に、アベルは小さく顎を引く。
「王女将軍に、女戦士を一人、譲って頂くよう、申し入れてはいかがでしょう」
寒さを助けにするまでもなく、茶を入れるのが上手だった女戦士は、つい先頃まで、王子の側仕えをしていた。何故か、王子に任を解かれ、今また、その仕事は、アベルを始めとするアリティアの騎士達の持ち回り、となっていたが。
そのように切り替えされるとは思っていなかったのだろう、王子が目を瞬いた。
「ええと、冗談だよ?」
「私は、冗談を言っている訳ではありません」
静かな言だった。
王子はアベルを見つめた。アベルも王子を見つめた。暖炉の炎に照らされ、暖かな色合いに彩られた二人の顔は、互いを探るような視線にも係わらず、ひどく優しく、暖かに見えた。
それが、どのような種類のものなのかは、判らない。しかし、王子は確かに、彼女を好いていた。彼女が側付きだった頃、王子はとても楽しそうだったし、何よりも、彼女へと向けられる視線は、ひどく柔らかだったから。
時には、目に映るものを信じてもいいと思う。目に見えない、隠されたものだけでなく。
ほんの数呼吸程の間の後。
「王女将軍じゃなくて、女王陛下、だよ」
解ってるとは思うけれど、一応、ね。
王子が、小さく微笑んだ。
竜王国の現国王は、大逆を犯した簒奪者であり、王権を握る者として相応しからず。兄の非道を正すべく、同盟軍に参加している王女将軍こそが、真の王位継承者である。
それが、同盟軍側の主張であり、公式見解。
来たるべき竜王国との戦闘を前にした、前哨戦、情報戦のひとつ。それは、かの国の内部を攪乱させるために王子が蒔いた、不和の種だ。
言葉の途切れの生んだほんの少しの沈黙は、揺らめく熱と光に火照って、少しだけ重い。
何気ない様子で暖炉へと顔を向けた王子に引かれるように、アベルも、炎の揺らぎへと視線を転じる。大きくも激しくもないが、確実に部屋を暖める火だ。まだ、薪は持つだろうか、と、一瞬、心を別のところへと飛ばした、その時だった。
「その気はないよ」
自然に響くその言葉が、アベルの薦めへの答えだと、すぐには気づかなかった。
ゆっくりと頭を巡らせる。王子は、ゆるやかな微笑みでアベルを見つめていた。
「それだと、アベルの仕事がなくなってしまうからね」
「そういう意味で言っているのでは、ありません」
「うん。それも解ってる」
また一口、王子が茶を口に含む。そんな姿は、アベルの中にしこりのようなものを作り出す。不敬や不忠、僭越などといった言葉を超えて、口にせずにはいられない、そんな思いを作り出す。
「王子は、望んでもいいのです。王子が望みのものを手に入れられる事を、我々も望んでいるのですから」
「…何だか複雑だなぁ」
困ったように、王子は笑った。アベルは笑わなかった。大仰なところなど一つもなく、全くの本心だったからだ。そんな真剣なアベルの瞳にぶつかって、王子がまた微笑う。苦笑混じりに、どこかアベルを慰撫するかのように。
「それは、よくある話、なんだろうけれどね」
確かに、よくある話、だった。
王子の、国王の恋人、なんて、どこの王宮でもあまりにもありふれた存在だ。
気に入った側仕えの娘に手をつける事も、その娘が子を産む事も。子供さえ産めば、王子、または王女の母、として、娘の地位も安泰となる。そのような立場を喉から手が出る程欲する娘など、幾らでもいたし、血の保全が第一の義務である王室の者には、王家の子を産む女は、幾らでも必要だった。
「タリスの姫を、お気になさいますか。ですが、姫も理解しているはずです。それが、王妃になる、という事です」
「シーダの事は、関係ない」
激した声ではなかったが、はっきりと王子はそう言った。返答の早さは、明らかに自身の答えを否定する。それが全て、という訳ではなかっただろうが、タリスの姫の存在は、確かに大きな部位を占めていただろう。
タリスの王との密約により、アリティア王妃の座にはシーダ姫をつける、と決められた。まだ、タリスに身を寄せていた頃の事、彼らがアリティアの残党と呼ばれていた頃の事だ。
しかし、王子がシーダ姫に心を砕くのは、その約定のせいばかりではない事も、アベルは知っている。確かに、王子はタリスの姫を大切に思っていたのだ。例え、それが恋愛感情ではないにしても。
炎が踊る。ゆらゆらと、また、ゆらゆらと。
「…確かに、僕は彼女が気に入っているけれど」
王子は、軽い溜息混じりに呟いた。まるで他人事のように。
「だけど、それは、今のままの彼女が、という意味なんだ。彼女が、今のままでいられなくなるような事をするつもりはない。ただ、それだけだよ」
タリスの姫とは、関係がない、といった王子の、それが答え。正しくは、残りの半分、といったところだろうか。
それもまた、王子にとっての真実であったのだろう。
「…変わる、と決めつけられるものでもないでしょう。そして、それが必ずしも、悪くなる、という意味でもありません。よい変化だって、あり得ます」
「そんなものは、いらない」
白く優しげな若者の顔は、仄かな微笑みを湛えながら、硬く冷ややかだった。
壊してしまうかもしれないものは、最初から望まない、と言う。手に取った雪が密やかに消えていくのを見たくないから、手には取らない、と。
消えぬ雪もあるかもしれないのに。
目の前を通り過ぎていくもの共に手を伸ばす事もなく、ただ見つめているだけで、それでいいというのだろうか。
この人の厳しさか、清冽さか、または臆病さは、いつか、自身を追い込んでしまう。
そんな気がする。
燃え立つ炎を退けて、世界の冷気が忍び寄るかのようだった。
「……炎が小さくなりましたか」
暖炉に新たな薪をくべるため、アベルは席を立つ。王子の前に置かれた、すっかり冷めてしまった茶も下げ、また新たに入れ直す。アベルの手により注がれる熱い香茶を、ポット口から溢れるその流れを、ただぼんやりと見るともなく見つめていた王子が、その時、何か呟いた。
「は?何かおっしゃいましたか?」
「僕には、人の気持ちが解らない」
それは、先程の呟きと同じ言葉であったのか、それとも、違う言葉であったろうか。小さな溜息と共にまろび出た言葉は、杯を差し出す手を、一瞬、止めさせる。
「アベル、覚えている?僕は、前に君に言ったんだ。『好きな人ができたら教えてほしい。人を好きになる、という気持ちがどんなものか、教えてほしい』って」
勿論、覚えていた。
王子が、竜王国の王女将軍を女王に仕立て上げたあの夜。あの日以来、彼らは、少なくともアベルは、それが真実とは異なると知りながら、かの国の現国王が簒奪者である、と、そう言い続けてきたのだから。
王子の傍らへと、静かに杯を置く。まるで何事もなかったかのように。対する王子もまた、ごく自然に、入れ直されたばかりの熱い香茶を手にして、その香りをより楽しむように、目を伏せる。
「だけど、それは撤回するよ。もう必要ないから」
既に知ったから、教えられる必要がないのか。それとも、知る必要がなくなったのか。
杯から上げられた顔には、王子の真意は、全く表れていない。ただ静かな、それでいて、決して人の視線を反らさせない、人々の前に現れるアリティアの王子の顔で、人々の心を捕らえる、強い力を秘めた瞳の色で、王子はアベルを見つめた。
「だから、代わりに教えてほしい。僕には解らなくても、多分、皆には解るんだろうと思うから」
王子は続ける。その瞳で、アベルを呪縛しながら。
「あの人は、何故、死んだの?」



暖炉の火が大きく爆ぜ、光が揺らめいた。
戦場での王子の言葉が脳裏に蘇る。
『死ぬ必要なんかなかったのに!』
だが、今の王子の言葉には、あの時の激しい感情はなかった。ただ、純粋な疑問のみがあった。
アカネイア本国にいるはずの聖王女が、合流する、との報は、この国に入国するほんの数日前にもたらされた。既にこちらに向かっている、という事も。
大きな戦闘が終わったとはいえ、今まで敵に支配されていた土地は、完全に平定されたとは言い難い。残党勢力による反乱の可能性もある。それでなくとも、民衆による小規模の暴動は起こりえる。彼らは、まがりなりにも平穏だった土地の、今までの支配構造を破壊してしまったのだから。
急遽仕立てられた、王女の護衛を兼ねた迎えの使者が発ち、程なく、小隊の護衛をつけたのみの王女の一団が現れた。派遣された護衛の部隊は、発ってすぐ、王女と合流できたらしい事は、彼女の現れるのに有した時間からも明らかで、つまり、王女は殆どの道をほんの少数の兵を携えるのみで踏破してきてしまったのだ。
なんと愚かな、軽はずみな。己の立場というものを弁えない行動か。
出迎えに立ちながらも、怒り心頭、といった様子のオレルアン公は言うに及ばず、王子ですらもが、厳しい表情をしていた。しかし、御輿から降り立った王女は、そんな彼らの口を噤ませてしまう空気を漂わせていた。
血の気のない、白々とした顔には、全く表情というものがなかった。それでいて、何かに憑かれたような目をした王女は、その白く細い手を揉み絞るようにして、彼らの王子へと嘆願したのだ。「どうか、あの人を助けてほしい」と。
ただ、それだけのために、彼女はやってきたのだ。この遠い北の国まで。
アベルは小さく息を吐く。
彼は、聖王家に敵対した賊軍の者だった。しかも、将軍であり、国内最大の騎士団を治める者でもあった。通常であれば、決して許されるべき存在ではなかった。
しかし、彼には、大きな功績があった。聖王家の王女を救い、隣国へと逃がす、という、その功績によって、最悪の結果だけは避けられるだろう、と、そう思われた。
だから、王子も約束したのだ。「きっと、あの人は助けます」と。
窓の外に広がる、白い闇と沈黙とに沈む森からは、かけ離れたようなこの暖かな部屋で、それでも決して、世界から隔絶されたりなどしない。現実は、常に目の前に存在し、そして、露と消える事などありはしない。
彼は、救われなかった。
賢明なる将である、といわれた彼は、彼を長とする漆黒の騎士達と共に最後まで戦い抜き、そして、死んでいった。軍の司令官であったもうひとりの将軍のように、王を諭し、国の進むべき方向を正す選択はなされなかった。
「こんな時、責任をとるのは、支配者の仕事だよ。あの人の仕事じゃない。国王の仕事なんだ」
彼は、最後の時、この国の王錫を持っていた。そして、彼の手により、国王は追放された、と、現在の国王は将軍だ、と、彼の部下である騎士はそう言った。ひどく誇らしげに。何か憑かれたようにすら映る目の色をして。
ならば、この敗戦の責任は、全く国王には発生しない。少なくとも、黒騎士団の壊滅、正規軍の投降により、最終的に軍備を解く事になった、この戦闘における責任は。
現在、その行方を探させている国王が発見されても、結論は同じになるだろう。
部下である騎士達を死なせ、護るべき民人を戦禍に巻き込み、簒奪者と呼ばれる不名誉を被り、自身の命さえ投げ打って、彼が救ったのは、ただ国王だけだった。
「あの人が、死ぬ必要なんか、全然なかったのに、何故、あの人があんな事をしたのか、解らない」
死ぬべきは、国王だった。王子は、そう考えているのだ。あるいは、己の姿を投影しているのかもしれない。もし、同盟軍が戦いに破れた時には、と。
「…おそらく、彼にとって、王というものが、何よりも大切だったから、でしょう」
道理も何も関係なく、全てを投げ打ってでも護るべきもの。彼にとって、その象徴が国王だったのかもしれない。
王子が、大きく息を吸う。まるで、苦い物ででもあるかのように飲み下し、細く静かに息を吐く。小さく震える肩は、戦場で激して発した言葉よりもずっと深く、彼の心情を吐露していた。
しかし、もう真実は誰にもわからない。彼の思いが本当はどこにあったのか、知る術もない。
ただ、この国の王は、その直系の血筋は残る。それだけだ。
「…アベルだったら、どうする?もし、アベルがあの人と同じ立場だったら?」
勝敗を決した戦場で、アリティアの騎士は、アベルは、どのように行動するのか。
探るように見つめる王子が、どんな答えを欲しているか、アベルには判っていた。
本来、アリティアの聖堂騎士団は、王家を護る者、であり、王子を護る者、ではない。彼らが戴く存在は、アリティア王家に連なる者であるならば、誰であっても構わないのだ。故に彼らは、祖国落城の日、王と共に死ぬ事なく、王子を護って落ち延びた。
つまり、もし、この戦いに敗れた時には、何処かに残っているだろう王家の遠縁の者を旗に立て、再起を図るのが当然であり、それが聖堂騎士団の義務なのだ。
加えて王子は、彼らに生き延び、国を、民人を護ってほしいと思っているのだろう。
彼らの前に投降した軍司令のように。
彼の同僚である赤毛の騎士も、王子の幼馴染みである魔道士も、決して選ばないだろう道を、アベルが選ぶ事を期待している。王子がアベルを側近くに寄せる事の、それが理由でもあったのだから。
「…私は……」
アベルは、言い淀んだ。
過去、アリティア落城の折り、王子を護って、遙か遠い南の島へと落ち延びた頃。この戦いが始まる前、島を離れる前、または離れてすぐの頃だったなら、即答できた。何よりも、それが正しい事だと信じ、行動しただろう。何の迷いもなく。
けれども、今のアベルには、言えなかった。言う事ができなかった。
王子が、哀しげに微笑う。何かを失ってしまった者の瞳で。
既に今、アベルにとっては、国よりも、民人よりも、騎士の名誉よりも王よりも、王家の血筋などよりも。


王子の方が大切だった。



END


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