白き残像黒の永久(とわ)〜ロレンス


人を縛るのは ただ、人の心だけだと
わかっているだろう?



グルニアという国がある。
大陸から氷の海を隔てて存在する島国であり、一年の半分は雪に閉ざされる。土地も肥沃であるとは言い難く、そして、雪の季節は、大陸からの船も滞り、文字通りの孤島と化した。大地の実りも乏しいこの国で、人々は何よりも働かねば生きてはいけぬ。
先の大戦より以前、この国の人々はただ、必死になって働いた。生きるためのそれは何よりも優先され、大陸の他の国々に比べて、文化程度が劣ってしまうのは否めなかったが、人々は皆、親切に暖かく、誠実でもあった。
堅実すぎて、面白みがない。そう揶揄される事はあっても、すべからく、それがこの国の人々であった。
そんなこの国に、変化をもたらしたのは、先の大戦である。
暗黒皇帝を倒し、世界を救ったとされる三英雄のひとりに、この国の統治権が与えられた。彼は、大陸中央の華やかな国の貴族であり、また、優秀な騎士でもあった。
ただただ、貧しかったこの国に、大陸随一の富と文化がもたらされる。人々は、愚直なまでの勤勉さでそれを吸収し、しかし、教師ともなった国の享楽は学ばなかった。優雅さは重厚さに、華やかさは厳格さにとって変わられた。新たな国王と彼に付き従った騎士達が、祖国の貴族達のようにそれを信奉しているという訳ではなかったせいもあったし、この国の人々の気風に合わなかったせいもあったろう。しかし何より、豪奢な享楽と爛熟した退廃とを飲み込むだけの財は、この国には存在しなかった。それを、生憎、とするか、幸い、とするかは人により意見の分かれるところであろうが、ともあれ、そうして輸入され移植されたかの国の文化は変質し、この国独自の文化というものが、形作られる。
質実なこと。剛健なこと。愚直であるほどに真面目であり、また真摯なこと。すべてがグルニア風だった。
大陸との密接な関係により、今ではもう、昔ほどには、貧しくはない。それでも、この国の人々は変わらなかった。
今も昔も。
変わらなければならなかった時も。



そこに在ったのは、濃密な色合いを持つ金の髪。
ともすれば冷たくも映るほどに整った容姿を持った若者は、彼の姿を認め、薄く笑う。柔らかくも暖かく。それでいて、容易に人を寄せ付けぬ施政者の笑み。
こんな時、彼はいつも、少し、ほんの少しだけ戸惑う。その様が、彼のよく知る、深く敬愛する人物を思い起こさせ、また、同時に、この若者について、宮廷内で囁かれるある噂を思い起こさせて。
「陛下は何処におられる」
浮かびかけた妄想を振り落とし、彼は若者へと声をかける。現国王ともあろう者がここ、グルニア本城の政務の間から遠く離れた場所にあるはずもない。しかし、それでも、若者が上座にある以上、現在、この場所に彼の主はいない。若者もまた、彼の問いかけに軽く首を横に振り、また、彼を見返す。ひどく、静かな表情で。
彼は厳めしく眉根を寄せる。
『騎士王国の剣と盾』と謳われる二将軍。軍と騎士団とが最も重要であるこの国で、彼自身とこの若者とが、現在、最も力ある臣下であり、国王に次ぐ地位をも占める。
軍の長と騎士団の長。本来ならば、全く対等の立場にある彼らであったが、臣下として仕える年次の差故か、それともただその年齢差故か、若者は常の己を下として、彼を立てようとする。それが通例であり、また、それをごく日常としてきた彼には、現在の状況は、不可解である。
彼が今、この場にいるのに、若者が上座を降りようとしない、という現状は。
「今はもう、こちらにはおられぬ」
若者ではなく、若者の横に控えていた騎士が、声を上げた。ひどく傲慢そうな、それは響きだった。しかし、それを除いても、軍の司令官である彼に対し、若者の副官である騎士の返礼は、いささか無礼である。
それを理解できない若者ではなかった。より以上の部下の振る舞いを制止するためでもあったろう、今度は自身が口を開く。
「陛下におかれては、御気分が優れぬ由、ご静養のため、離宮へと赴かれた」
しかし、淡々とした様子で紡がれたそれは、彼にとって、耳を疑うものだった。
「何を馬鹿な事を!」
何より、今、この重要な時期に、そのような事が通る訳もない。
あの国王ならば、充分、言い出しそうな話だ、と、彼自身がよく知っていたとしても。
彼らの国王は、悲しいかな、この騎士王国の支配者の器ではなく、そして、何より、本人がそれを理解していた。常に、この重荷を誰かが代わりに背負ってはくれないか、この負債を肩代わりしてくれないか、と、こっそり周囲を見回している。そんな男だった。
それでも、王族として、かの大戦の3英雄の子孫としての矜持は持ち合わせていた国王にとって、先代から仕える重臣であり、先代との器の違い、というものを正確に見て取れる彼は、何より煙たい存在だったろう。彼が、他ならぬ国王の命を受けて王都を離れさせられていたのも、そのためなのだとそう思っていた。しかし、実際、国境地帯の視察も、重要な仕事であったし、彼の同僚である若者が、国王の傍らについているのならば、あの王もそう、軽はずみな事もできまいと。
それがまさか、戦も間近いこの都で、己の民人も捨て去って、逃げ出そうなどとは、思いもよらなかった。
「何故、お引き留めしなかったのか!」
「その言い様は、無礼であろう!」
吼える彼に被さるように、返ってきたのは、しかし、若者ではなく、副官である騎士の声。彼と同等の立場であるはずの己の団長に対する、叱責の声への怒り。
「そなたには、訊いてはおらぬ!控えよ!」
戦場でしか聞かれぬ大音声に、騎士は一瞬、呑まれたように口を噤み、それでも、彼も『漆黒の悪魔』と呼ばれる黒騎士だった。堅く口を引き締め、力を込めた視線でもって、彼を見据える。
ほんの数呼吸間の睨み合い。
「…なにぶんにも、突然の御不快、突然の御出立であられた故」
若者の静かな声音は、この場の空気にひどく不似合いだった。
「貴公への連絡が遅くなった事については、誠に申し訳ない」
その声に、言葉に含まれた謝罪の心は乗っていない。若者のその声は、彼の怒りを変質させる。一気に燃え上がったと見えた炎は、しかし、その瞬間、沈静化したかのように見えた。
「連絡など、する間もなかったのであろう?」
薄く笑いすら含みながら、その奥には、容易には消えぬ熾き火の色がある。この若者の前で、冷静さを欠く訳にはいかない。そのように己を律し、また、それを実践するだけの器量も持ち合わせているという自負もある。
しかし、したたる彼の皮肉もまた、氷の仮面で受け流す。そんな若者に舌打ち一つ。
「今更、このような事を言っておっても、詮方ない。せめて、外部にはその事実が漏れぬようにせねばならぬだろう。その上で、早急に陛下を呼び戻して…」
「ご心配には及ばぬ」
淡々と、ただ、事実だけを伝える声音。
「陛下は、御出立の折り、私に後事を託され、全権を委譲された」
氷のように滑らかな若者の言葉。若者の姿。
「故に、陛下がこの城にお帰りになるまでは、私が軍務卿であり、この城の城主である」
なのに何故かそれは、生きるのに倦み疲れた、老人のそのもののようにすら、見えた。



軍務が最も重要な位置を占めるこの国において、二人の将軍の地位は、他に並ぶ者なし、と称される程に高い。ただ一人、国王のみを除いては。
国王は、将軍を支配する軍務卿と同位であり、また、そのものである。それ故に、彼らは王に従い、王の前に膝を折る。だが、既に慣習化したそれらの事実は、全く実効力を伴わない。実際に軍団を統率するのは、将軍達であり、王は城から動く事すら、ないのだ。どちらにより、兵を動かす力があるかなど、言うまでもない。
有名無実化した権力には、だが、彼らを従わせる精神力(ちから)があった。
軍務卿は、伝説の3英雄そのものだったからだ。
初代黒騎士団団長にして、グルニア全軍司令官であり、建国王であった、彼らの国王陛下。
初代以降、軍務卿と将軍との職能は分離された。他ならぬ初代自身の言葉によって。
信仰の対象とすらなりえた初代であってさえ、命令系統に実行力を持たせるのは、とても危険な事であったから。
双方が抑止たりえるために、初代は、彼自身が持っていた権力を分散させ、そして言い残した。
今後、どれ程偉大な英雄が現れたとしても、決して、権力の統合は行われてはならない。二将軍と国王の、力の均衡を崩してはならない。
彼は、深く静かに、息を吸い、また、息を吐く。
この現実を、どのように捉えたらいいのだろう。
「そのように、深く考えずともよいだろう」
それこそ、何でもない事のように、若者が続ける。
「この国の国王は、ただお一人。私はただ、代理として軍務卿となり、城主となっただけだ」
「それは、単なる言葉遊びだ。貴公には、わかっているはずだ」
王が彼らの支配権を持つのは、王が軍務卿であるからだ。軍務卿としての職能を合わせ持つからこその王なのだ。軍務卿でない王は、彼らの精神的支柱たりえない。
「では、この人事は認められぬとでも?」
「当然だ」
初代よりの成文の前には、国王の発布した委任状など、紙切れに等しい。
今現在でさえ、目の前にある、我が事のように誇らしげで、そして、彼を見下す騎士の姿は、これからの軍と騎士団との関係を如実に示している。
そのような状態など、認めるものか。
敵の迫っている現在、内部からの崩壊を招きかねない事態など、決して作ってはならない。
身を翻し、若者へと背を向ける。
「…どちらへ行かれる」
「陛下を呼び戻す」
背後から掛けられるのは、感情の起伏のない、ただ静かな言葉。
「どちらの離宮におわすか、わからぬというのに?」
その声に、彼は振り向く。
「どちらにおわす?」
「それを、私が答えるとお思いか?」
あまりにも明け透けな、ある意味、素直な彼の物言いにだろうか、若者は小さく苦笑を洩らす。
「私が、陛下を幽閉し、権力を奪い取ったとは、思わぬと?」
彼は、若者の顔を見返した。実際、それは最も、考慮しなければならない話であり、また、彼もそれをよく知っていた。
「思わぬな」
しかし、若者自身の口から示唆されたそれは、全くあり得ないという事もまた、彼はよく知っていたのだ。
街中へと出かけていく若者へと苦言を呈したその時も、この若者は言い訳めいた事は何一つ、口にしなかった。ただ、黙って頭を下げた。そこに謝罪の意はなかったが、また、反発もない。ただ、穏やかな礼節は、彼に複雑な感情を起こさせる。
「…貴公が、民の様子を直に見るべく、街周りをしている事は知っている」
むっつりと、いかにも気の進まぬ様子で更に言う。分かり切った事であり、また、言っても無駄な事でもあると、よくわかってはいたのだが。
「しかし、それは部下に任せるべき仕事であって、貴公のすべき事ではない」
何よりも礼儀正しいこの若者は、それでも、彼が何を言おうと、決して己の考えを曲げたりはしないのだ。
「買いかぶりです」
若者は、礼儀正しくはあるが、堅苦しくはない、薄い微笑みにも似た空気を湛えて、軽く頭を振る。
「私は、ただ、あのような場所が好きなのです。…それだけの事です」
ただただ、無欲な頑固者。
それが、彼の知る若者の姿であり、彼は自身の人を見る目を疑った事はない。
「…私は、随分と信頼されているようだ」
若者は、その白い頬に薄く微笑みを掃く。それは、多分に自嘲の含まれた、彼の知る常の若者らしからぬ、笑みだった。
彼がそれと気づいてすぐに、それは消え、再び、氷のような無表情に戻ってしまったのだけれど。
「陛下の御座所がどちらであるかは、機密扱いとなっている。例え、軍総司令である貴公にも告げる訳にはいかぬ」
発せられた声もまた、それは同じ事だった。
「我が国にとって、これからは難しい局面となる。陛下にはしばらくお休み頂いた方が、国のためというものだ。そうは思われぬか?」
この国にとって悲しむべきは、若者の言葉が全く正しかった事だった。聖王国の復活。同盟軍を自称していた反乱軍の盟主、アリティアの王子へと与えられたという『炎の紋章』。聖王国より発せられた、〈ドルーア側について大陸を乱した反乱軍を伐て〉との勅命。
いつの間にか、立場は逆転していた。今や、彼ら自身が反乱軍であり、討伐される立場にあった。
この国を生き延びさせるため、現在、必要とされるのは、極めて高度な外交手腕であり、それに合わせた軍務、政務は極めて流動的となる。あの国王はいない方が、速やかに話が進むだろう。
彼は、目を眇めて若者を見やる。若者が、自らの欲のため、ではなく、国のため、国王を幽閉した、という可能性について、吟味するために。
「しかし、わかっておろう。軍務卿の位は、王家の者にしか許されておらぬ…」
瞬間、脳裏に浮かんだ、とある噂話を慌てて打ち消す。しかし、若者はそんな彼の心の動きもまた、読みとったかのようだった。
「…ならば、私が勤めて悪い事はありますまい」
柔らかく、静かな微笑み。彼の敬愛する主君と同じ匂いのする、所作。
「貴公の出自に関する風評は、聞き及んでいる。先王の御種である、という噂はな」
彼は、唇を噛み締める。声は、絞り出すようにくぐもって震えた。
「しかし、それはただの噂だ。先王は貴公について、何も言い残されなかった。つまり、そなたは王家の一員ですら、ない」
若者の母が、先王が決まって夏を過ごす離宮に勤める侍女であった事も、勤め先であった離宮を辞して後、数ヶ月で若者を産んだ事も。若者の姿が、あまりにも聖王国の血筋を顕著に示している事も。先王と全く同じ色の瞳さえ。
そんなものは、決して、証拠にならなかった。
若者には、何の権利もない。軍務卿となる事など、許される訳もない。如何に、この若者が優秀であり、現国王よりずっとその職に相応しい者であろうとも。如何に、多くの国民がそれを望もうとも。
この国にとって、それが最良の道であろうとも。
「貴方は、きっとそう言うだろうと思っていた」
若者が微笑う。ひどく晴れやかに、そして、仄かな哀しみを湛えて。常の若者のようでいて、今まで彼が一度も見た事のない、それは微笑みだった。
「しかし、ならば、これもまた、お解りのはずだ。それでも、私はこの錫を手放すつもりはないのだ」
柔らかな、優しげでさえある声音で、それでも、決然と指し示す。若者の手には、国王しか持つ事を許されない、黄金の錫が握られて、在った。



初代より伝わる黄金の錫。代々、王家へと伝わる宝物であるそれは、彼らグルニアの戦士達の支配を示す、権力の象徴でもある。
そんなものさえ、若者の手に残していった国王の脆弱な心根に対する怒りは、既に湧いてはこなかった。もう、そんな気持ちも枯れ果てて、ただ、冷え切った心の底に、哀憐の思いがあるだけだった。
この国は、死んでしまった。敵と戦うこともないまま、固く冷たい躯となった。
彼が、敬愛する主君と共に育て、護った国は、もうないのだ。
「軍務卿の命である」
若者が、手にした錫で床を突く。尖端に付けられた飾り輪が、凛と音を響かせた。
「反乱軍討伐にあたり、グルニア全軍を国境近く、配備せよ。各砦へと騎士を送れ。軍と連携して敵とあたるよう、申し伝えよ」
「御意に。軍務卿閣下」
騎士が、本来、国王に対してのみ行われる最上礼でもって、若者に頭を垂れ、素早く部屋を出て行く。黒騎士団は、これで即時、動き出すだろう。若者の言に、ひとつの疑問も抱かぬまま。
聖王国の旗を持つ同盟軍を、『反乱軍』と呼ぶ。それは、講和は認めぬという事。対話による延命は、考えぬという事。最後まで戦い抜き、そして、『反乱軍』という名で死んでいく、という事。
それを、騎士達は本望とするのか。
騎士が出て行って、この部屋には、彼と若者との二人となった。騎士は、中途から全く、口を開いていなかったにも関わらず、いなくなった事によって、その場はひどく、空虚なものに感じられた。彼もまた、軍務卿の命を受け、動かなければならなかったのだろう。それでも、何をする気にもならず、そして、若者も、そんな彼に何を言おうともしなかった。
ほんの数呼吸分。しかし、永遠にも似た沈黙の後。
「…貴公の元に、捕虜となった天空騎士がいると聞き及ぶが」
若者が、何気ない様子で口を開いた。しかし、どこか倦み疲れたような、それは声だった。
「その者、黒騎士団預かりとする。城へと移送させよ」
彼も、糸に引かれるように、若者へと視線を移す。感情をなくした仮面がそこにある。おそらく、己も似たり寄ったりの表情をしているのだろう。
「……三魔女の末妹は、本物の魔女だと聞き及ぶ。このまま、軍で処分した方がいい」
「ただの子供だ。その必要はない」
その言に、逆らう気持ちも起こらなかった。



「ロレンス殿」
若者へと…最上礼ではない…辞去の礼をし、その場を去り掛けた彼の背に、若者の声が届き、つい、ロレンスは振り返った。若者が初めて、彼の名を呼んだ事に気づいたせいもあったが、何よりその時、若者の声に、感情の色が見えたからだった。
若者は、首座から降り、ただ、その場に立ちつくしていた。手には、未だ錫が握られてはいたが、その手は無造作に下ろされ、錫はただ、若者には必要もない杖のようにしか見えなかった。
まるで、仰々しく金に塗られた、道化の持つ道具だ。
不敬でさえある、そんな己の空想は、若者の面に浮かんだ表情からもたらされたものだったかもしれない。
そこには、若者らしい微笑みも、らしからぬ微笑みも、なかった。ただ立ちつくす彼の面には、何も現れてはいなかったが、しかし、先ほどまでの無表情ともまた違っていた。穏やかな哀しみ、とでもいったものが、若者を包み込んでいるようだった。
若者を氷の人形のように見せていた冷厳さが、すっかり形を潜め、若者はロレンスの知る、不器用で静かな、そして、暖かな心根の若者のように見えた。その事が、若者を先王とは似つかぬ存在に映していたのは、いっそ、皮肉といっていいだろうか。
「貴方は、貴方の信じる事を行って下さい。貴方自身の矜持にかけて」
グルニアの矜持にかけて、とは、言わなかった。
それが、決して口には上らせる事のできない若者の心のすべてだったのかもしれない。
ロレンスは、何も言わなかった。ただ、静かにその扉を閉めた。それで、若者の姿は彼の視界から消えた。
しかし、若者の言葉は、それで消え去りはせず、深く、ロレンスの中に幾度か浮き沈み、そして、心の奥深く、静かに沈み込んでいった。
いつか、その言葉は彼の中で、再び浮かび上がるかもしれない。しかし、その言葉の意味も、若者が示唆したものも、今、姿を見せるものではない。
決して、若者を恨んではいない、と、そう伝える事も未だ、できない。何も自分で判断できない愚か者になったような気さえした。
ロレンスは、ひとつ大きく息を吸い、また息を吐く。グルニア全軍へと指令を出さなければならない。それは、彼にしかできない事だ。
彼は、機械的に歩き出す。
ここ数日、吹き荒れていた風も止み、外は、この季節には珍しい麗らかな日差しが照りつけていた。



END







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