蒼い鳥 +++ act.12


いずれ幸せになるために
ぼくたちにはその鳥が必要なのです

メーテルリンク「青い鳥」



いつものようにキッチンに立ち寄る。テーブルの上には、いつものように洗った皿。けれど、いつもと違っていた。アリスは近寄って確認する。テーブルの上に小さな籠がひとつ。掛けられた布巾を取り除けてみたら、中には山盛りに入った野苺。籠の取っ手には綺麗なリボンが結んであった。リボンの端には、ピンで留められた小さなカード。
『いつもありがとう。お礼だよ』
ボリスの字だった。
柔らかで深い光沢。猫の毛のような手触りのいい天鵞絨のリボン。丁度、いつもアリスが髪に結んでいるのと同じくらいの幅だ。ボリスらしいプレゼントに思わず、笑みが零れる。
野苺を集めたのはピアスではないか、と思った。多分、アリスにお礼を兼ねた差し入れをしようと言ったのはボリス。ピアスだけでは考えつきそうもない。
つやつやとした森の苺と綺麗なリボン。アリスに対して示される好意。嬉しい、と思う。何よりも、彼等がアリスに向けてくれる感情が。その掛け値なしの好意を一片の迷いなく信じられる事が。
鼻歌交じりに浮かれながら、リボンとカードをポケットに大切に仕舞い込む。野苺は何か作って、また二人にご馳走しよう。タルトか、ジャムにしてもいい。
お菓子を作る事は好きだ。食べる事より好きだと思う。己の手の中で物が出来上がるのを見るのは楽しい。特に甘い匂いのするお菓子は、美味しいお茶に添えられた暖かな午後の空気を思い出させる。それは幸福の記憶だ。
料理を作る事は、好きだとか嫌いだとかいった言葉では言い表せない。アリスにとってそれは毎日作り続けてきた、もう習慣のようなもので、今では作っていないと落ち着かない。珈琲を入れるのと同じだ。豆を挽く事から始めないと落ち着かない。
ミルから挽いた豆を取り出す。必要なのは、完全に沸騰したお湯。豆を充分に蒸らす時間。
書類探しの一件の後、執務室に戻ったアリスは、ナイトメアとグレイに謝られた。何故だか判らない。ナイトメアに関しては、双子がグレイにしている事をアリスに告げ口したから、らしい。そういって、グレイに絞られたと言っていた。しかし、ナイトメアが教えてくれなければアリスは今でもグレイが被害に遭っている事を知らなかった訳で、アリスにとってはナイトメアが話してくれたのはいい事だ。更にグレイに関しては、全くもって理解できない。双子の悪戯は、グレイのせいではなくてアリスのせいだ。グレイには非など全くない。アリスには、二人に謝罪される理由がない。
責められるべきはアリスの方なのに。
注ぎ分けられる二つのカップ。流しに捨てられる珈琲は一つ。常に変わらぬ夜の儀式。それでアリスの一日は終わる。



 ◆→ NEXT






 ◆◆ INDEX〜KANT