蒼い鳥 +++ act.5


いずれ幸せになるために
ぼくたちにはその鳥が必要なのです

メーテルリンク「青い鳥」



ボリスとピアスに料理を振る舞う。それは、アリスの日課に近いものになった。勿論、常に彼等の食卓に同席できる訳ではない。会合期間中でも、会合スタッフとしての業務以外にも通常業務は発生する。つまり、会合期間中の塔職員は皆、とても忙しい。それは手伝いレベルのアリスであっても同じ事だ。だからアリスは、自分の休憩時間の合間を縫って簡易キッチンへと足を運び、そのテーブルの上に料理を並べる。皿の上に網籠を伏せて、傍らに一言、メモを添える。
『今日のスープはミネストローネ。野菜もちゃんと食べる事!』
『お菓子は棚の一番上』
そんな他愛もないメッセージ。
休憩時間、片付けのためにキッチンを覗くと料理は綺麗になくなっており、皿は洗われてテーブルの上。裏に返されたメモに、はみ出しそうなほどに大きく書かれた『Thanks』の文字は、ボリスの手によるものだろうか。二人が喜んでくれていたらいい。心からそう思う。ボリスとピアスとならば、こんなに自然に遣り取りできるのに。
先日差し出したビスコッティは、アリスの進言通り、塔に一定量卸される事になった。
二人に食べてもらえた。美味しいと言ってくれた。嬉しい事のはずなのに、何かが噛み合わない。けれど、それは多分、アリスが悪いのだろう。きっと多くを望みすぎているのだ。
二人は紳士で、アリスに優しくしてくれる。充分だ。だから、アリスは二人に感謝して、できるだけ迷惑を掛けないようにしていくべきなのだ。
今は夜。
アリスが一人、珈琲を入れる時間帯。それもまた、日課と言っていい。
夜に寝る事を好むアリスは、就寝前のひとときをこの簡易キッチンで過ごす。ネルドリップでじっくりと抽出した珈琲をマグカップになみなみと注いで。今日もまた、用意されたカップは二つ。
目の前には確かな好意の乗ったメモのメッセージ。じんわり込み上げる暖かさに浸りながら、アリスは己の座ったテーブルの正面に、二つめのマグを置いた。
珈琲はゆっくりと味わうように飲む。豆の挽き方。蒸らし時間。抽出温度。今日は何点だっただろう。
目の前のマグの珈琲が冷め切った頃、アリスはテーブルを立つ。飲まれなかった珈琲を流しに捨てると二つのマグを手早く洗い、棚へとしまう。既に決まり切った儀式のようなそれ。
明かりを落とすと全てが闇へと沈む。始めから何もなかったかのように。



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