温泉にいこう +++ act.8


さあ Paradise Believer 楽園を探そう
子供の頃に描いた夢をたよりに

パラダイス・ビリーバー/松岡英明



「俺たち、これから露天風呂にでも行こうかと思ってたんだけどな」
丹羽は、いかにも楽しげに笑う。
「お前らも来るんなら、待っててやるからよ。早いとこ、チェックインしてこいよ」
「いえ。別に、待っていていただかなくても、結構です」
対する成瀬は、ひたすら冷め切った様子であった。
学生会の二人には目もくれず、横を抜けて、宿の表玄関へと向かう。啓太の肘に手を添えて、彼を誘導するその所作は、実際、成瀬が表面上見せているよりもずっと、不愉快を、もっと言うなら、怒りさえも感じているらしい事を示して、常のごとく、啓太をエスコートする、というには、些か足早であって、未だ混乱したままの啓太は、ただ、運ばれるのみ、とでもいった様相を呈していたのだけれど。
「…あ、あの??」
それでも、何とか口を挟む。何を言えばいいのかは、よく判らなかったが。
「なんだい?ハニー」
成瀬に、啓太の声が届かない、などという事はあり得ない。
急に足を止められ、踏鞴を踏みかけた拍子に、ついうっかり、蕩けるような笑顔を間近で直視してしまった啓太は、頬を赤く染める。
「…いえ、あの…」
すまなそうに、眉をハの字に落として、啓太は成瀬を見、背後を振り返る、を幾度か繰り返し、また、背後を振り返った状態で逡巡し、そして、ようやっと意を決したように、口を開いた。
「………王様?」
「おう。何だ?」
「…えっと。何で、ここに?」
「旅行だよ、旅行。それ以外ないだろ?」
確かに、嘘は言っていない。しかし、啓太のいう『何故』の部分を恣意的に狭めて受け取り、何故、二人が成瀬と啓太と同じ場所に現れたのか、については、全く答えていない。答える気もない、といったところか。
苦々しく思う成瀬の横で、啓太は軽く小首を傾げる。
「お二人で?」
「ああ。だけど、こいつと二人って、むっさい旅行でよー、花がねぇなぁ、と思ってたとこだったから、啓太がきてくれて、嬉しいぜ」
それは、啓太と成瀬の旅行に合流するつもりである、という事。
「ちょっと、丹羽会長…」
流石にそれは看過できない、と、口を開きかけた成瀬に。
「俺だって『花』になんかなりませんよー」
女の子じゃないんだから、と、啓太が明るく笑う。それこそ、花咲くような軽やかさで。
「でも、王様と中嶋さんに、こんなところで会えるなんて、嬉しいです」
びっくりしたけど、と照れ笑う。
会うのが当然なのだ。何故なら、明らかに彼らは成瀬達をつけてきていた。途中、列車の中で感じた視線。駅を降りてから消えた気配。全てが指し示している。
彼らは、二人の目的地を前もって知っており、恐らくは、二人が予定通りの駅で降りることを確認してから、宿へと先回りした。
何処から、どのように情報を得たのか?
突き詰めて考えれば、答えは出たのだろう。しかし、成瀬にその余裕はなかった。
「ハニーっ、ハニーよりお花な人なんて、いるはずないじゃないかーっ」
「…なっ、成瀬さん??」
全ての物事には、タイミングというものがある。考えるタイミング。発言するタイミング。そして、行動するタイミング。
結局のところ、成瀬は行動の人であり、全くの同時期に訪れたそれらの中から、行動することを選び取った。
「ハニー、可愛いーっ」
「ちょっ重っ苦しっ……成瀬さーん…」
ぎゅうぎゅうと抱きしめられた啓太の足掻きが、次第に力ないものになるに至り、丹羽の手によって力任せに二人が引き剥がされる頃。
外れてしまったタイミング故、唐突に現れた丹羽と中嶋の、何故、に対するそれ以上の言及もなく、二人の存在は彼らの内にも何となく受け入れられ。
そして、全ては、うやむやになった。



「皆、一緒の方が楽しいですよ」+心底嬉しそうな笑顔付き。
学園MVP、影では、学園最終兵器とも囁かれる伊藤啓太のこの攻撃の前に、余人は皆、沈黙する。
僕は、啓太と二人きりの方が楽しいんだけどな、とは、成瀬の心の中だけの呟きである。チェックインを済ませて、部屋の鍵を受け取って、それがきちんと二名宿泊になっていることを確認して、胸を撫で下ろす。さすがに、四人部屋に変更されているという事はなかった。
そこまでしていたら、犯罪である。
しかし、彼らならばやりかねない、と思ってしまうあたり、成瀬はBL学園の中枢を担う者達の行動力を、ある意味、正当に評価している。
「王様達の部屋って、どの辺なんですか?」
背後では、彼らの後をついてくる二人に、啓太が話しかけていた。その声もやっぱり嬉しそうに弾んでいて、成瀬には少々、複雑である。啓太が学生会の仕事を日常的に手伝っている事は知っているし、彼ら二人に懐いている事もまた、知っている。成瀬の大切な彼は、その素直で伸びやかな心根のまま、周囲の人々皆に好意を持ち、そして、皆にそれを伝える事を厭わない。
いつか、僕だけに「好き」と言ってくれたら、と思うけれど、彼のそんなところも好きだから。
本当に、いつか、ね。
だから、今はこのままでもいい。何より、啓太がこんなにも嬉しそうなのだから。
ああ、だけど。
「…お二人とも、いつまでついてくるんですか?露天風呂に行くんでしょう。俺たちは、荷物の整理もありますから、待っていていただかなくてもいいですよ、別に」
「だから、お前達の部屋って、専用露天が付いてるんだろ?入れてもらおうかと思ってなー」
「………何ですって?」
「わーっ。部屋、広ーいですよ、成瀬さん!露天って、あれかな」
「おお、いいじゃねーか」

「ちょっと待てーーーーーーーーーっ」




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