迷宮 +++ 王城にて act.2


その糸玉はきっと貴方を救うでしょう



犯人は現場に帰る、というが、その子供はそもそも、犯罪を犯した訳ではない。騒動は引き起こしているが。
しかし、子供は王城に来たのは初めてであるという。ならば、場に精通している訳では決してないし、一日の大半をここで過ごす彼らにとっても、ここ王城という場所は分かり易い場所ではない。年代毎に改築と増築を繰り返した為、街でいうところの『道』は入り組んで、内部はちょっとした迷路と化していると言って過言ではない。
そんな場所に紛れ込んでしまったら、どうするか?まずは、初めにいた場所に戻ろうと思うのが人の常というものではないだろうか。
そのような推測に則って、丹羽と中嶋はここ、当初の場所である控えの間へとやってきた。先程までいた女官達も、最後のひとりまで子供を探しにでも行ったのか、早誰もいない。ただ荒れたような空気だけが、残り香のように漂っていて、それが、ここは取り残された場所なのだと語っているかのようだった。
丹羽は落ち着かなげに、周囲を見回す。本当に、現場、という感じだ。こういう空気は、そう、あまり好きな方じゃない。対して、中嶋は全く常と変わらない。変わらないからこその中嶋だともいえる。と、直前までは思っていたのだが。
「おい」
「あんだ?」
「子供になれ」
「…はぁあ????」
いきなり何を言い出すのかこの男は。
思わず中嶋を凝視する丹羽の前で、当の男は面倒臭げに垂れた前髪を掻き上げつつ、息を吐いた。
「初めてここに来て、この部屋に通された子供の目線で部屋を見ろ、と言っているんだ」
初めからそう言えよ全く遂にトチ狂ったのかと思ったぜ。
今度こそ口をついて出そうだった言葉を、丹羽は今度も何とか押さえ込んだ。「はいはい」となおざりに呟きつつ、部屋を見回す。
それほど、広い部屋ではない。しかし、大聖堂特使を通す場所として、ここはそれなりに格の高い部屋の筈だ。調度品も豪華で一級、しかし、華美すぎはしない。
「…落ち着いたいい部屋だよな」
言った途端に中嶋は、実際の言葉よりも雄弁なその表情でもって、丹羽の意への反応を返す。
「本当にお前はもの知らずだな」
常の鉄面皮は何だというのか問いたいくらいに、こんな時の彼は感情豊かだ。よくもまぁ、ここまで相手を馬鹿にしているという事を明確に伝える事ができるものだと、感心する。しかし、そんな丹羽の心情など興味もないと、これまた明確に伝わる様子で、王国の真の支配者様は滔々と続ける。
「相手は子供だ。それも重い暗い寒いの三拍子が揃った大聖堂から来た。それがここに来て、『落ち着いたいい部屋だ』なんて思う訳がないだろう」
判っているなら訊かなきゃいいのに。
そう思った丹羽だったが、やはりその言葉を口にする事はなかった。憮然とする彼の前、中嶋はゆるりと部屋を見渡す。その視線の先を追うように、丹羽もまた、再び部屋を見直した。壁は濃青と薄青でもって彩られた百合紋の意匠。床は白大理石で扉枠も同様だ。総じて、すっきりと落ち着いた色合いで仕上げられている、が、子供には少し、地味か?部屋隅に置かれた雪花石膏の彫像も白だし、他の色味と言ったら、壁に掛けられた絵とその金縁くらいだ。それ以外には…。
丹羽は、ふいと引かれるように顔を窓側へと向けた。重い緞帳のかかった窓は、張り出し床と繋がっており、庭へと直接下りられるようになっている。窓の向こうには、明るい日差しに照らされた緑があった。光は木々を瑞々しい色彩に染め変える。ぼんやりとした丹羽の視線の先を追うようにまた、中嶋も顔を窓へと向けた。外の緑を目に入れると、にやりと笑って「正解だ」と呟いた。
「この部屋は、子供には威圧感がある。外へと出たくなるのは、自明の理というものだろうな」
中嶋とは全く違う論理展開ながら、丹羽もこの意見には全面的に賛成だった。外に出た方が面白そうだ。
「さぁ。ならば外に出た時。お前だったら、どっちに行きたい?」
大きな歩幅で窓に寄って、一気に窓を押し開いた中嶋は、丹羽へと顔を向ける。今度こそ役に立てよ?と語る視線はさておき、丹羽は窓から庭へと下りる。鮮やかな午後の光は、過不足なく庭の隅々にまで行き届いていたが、右手は一際明るく、風の抜ける領域だ。こちらは、大きく切り開かれた前庭へと続いている。大地を一面の緑に見せる、短く刈られた芝生が王城の正面を飾る。左手には木立が見える。奥庭に向かう事になる。進むにつれてどんどん木々は多くなる。その先には、奥宮がある。そして、正面。
そこには、薔薇園が広がっていた。
「そりゃ、正面だろ」
「上出来だ」
軽く応えた丹羽に対して、中嶋は口の端を歪めてみせた。





薔薇は美しかった。見慣れた丹羽の目にも、そのように映った。ならば、初めてこの庭園をみる子供の目を惹き付けるには、充分であったろう。より鮮やかな色を求めて、丹羽は歩く。少し離れた後ろを中嶋は付いてくる。何も言わないという事は、丹羽の行く先に対して異論がないという事だ。赤白黄。色とりどりの花が風に揺れる。むせ返るような芳香。嗅覚まで麻痺させてしまいそうな。
そして、丹羽は段々かったるくなってきた。飽きてきたともいう。そもそも、花の中をただ歩くというのは、丹羽の嗜好の中にはない。当然、中嶋の中にもないだろう。特に、目的も定まらない散策といったら、尚更に。
いや、目的はあったのだ。そう言えば。
丹羽は、既に忘れかけていた己らの当初の目的というものを、改めて思い出した。子供を捜していたのだった。大聖堂の子供。篠宮のお気に入り。…他には何かあっただろうか?
考えてみたら、子供についての情報は、そんな基本的な記号に近いものしか知らなかった。何歳くらいの、とか、どんな容姿の、とか、どんな服装をしているのかすら、聞いていなかった。辛うじて、少年である、つまりは男であるとは、女官の言葉尻を捉えて推察していたのだけれど。
一瞬だけ迷って、そしてすぐに考え直した。明らかに王城の人間ではない少年を捜せばいいのだ。それだけの事だ。今更、中嶋に「で、どんな子供を捜すんだったっけ?」などと訊いて、小馬鹿にしたような表情、溜息付きで百万倍も言い返される必要もない。そうこうするうちに、薔薇園もそろそろ終わりだ。この一角を過ぎると、また違う花で作られた庭になる。やはりここは、より色の多い方向へと進むべきだろう。そう思った丹羽が、その思考のままに足を向けた途端、背後から声がかけられた。
「そっちじゃない」
振り向く。すると中嶋は、ついと指を指す。丹羽の向かうのと違う方向へと。
しかし、中嶋の示す先は、行ってはならない場所だ。少なくとも、丹羽は足を踏み入れられない場所へと続いている。不服そうな丹羽を促すように、中嶋は更にそちらへと顎をしゃくる。その先に色はないのに。
中嶋は、辛抱というものをしない。少なくとも、現在のように丹羽が己の意見を是としない場合においては。
丹羽を置いて、さっさと己だけ先に進む。先程自身が指し示した方へと。それに溜息を吐きつつ、何だかんだと中嶋に従ってしまうのも、また常の丹羽というものなのだが。
周囲から徐々に色が消えていく。正確には、色がなくなった訳ではない。ただ、赤や黄、朱、桃といった華やかな色彩はなくなり、ただ白い花だけが咲く、そんな場所へとなっていく。
丹羽は、どうにも落ち着かなくなってきた。王城は、丹羽の治める領域だったが、どのようなものにも例外はある。この場は、まさにそうだった。白い花の庭には主がいて、そしてそれは丹羽ではない。更に、丹羽はこの庭の主と顔を合わせがたい理由がある。
白い庭をこのまま進む事と中嶋の機嫌を悪くさせる事を秤に掛けて、丹羽は中嶋の嫌みを受ける方が幾分かマシだという結論に達した。その間、煩悶と論理的思考による帰結に囚われ俯きがちに歩んでいた丹羽は、だから目の前を進む中嶋の足が止まっていた事に気づかなかった。中嶋の背が間近に迫って、ようやっとそれに気づいて、踏鞴を踏むようにして足を止める。
「おい、何やって…」
ぶつかりそうになった事に対する不平不満を呟くも、何も耳に入っていないかのように一点を見つめて動かない中嶋の視線の先にひょいと目をやり。そして、そこで視点は固定された。
決して会いたくなかった、少なくとも今この時、中嶋と共にいる時にだけは会いたくなかった人物がそこにいた。見たくもないのに、丹羽の目は気づかなかった振りもさせてくれない。それは、ある種の呪縛であった。実際、本当に呪縛されたのかもしれない。彼はその手技を使うと云われる存在でもあったので。
「おや、お二方、お揃いでこちらにいらっしゃるとは珍しいですね」
固まった丹羽とその背からすら漂う中嶋の冷気を気にする風もなく、甘い薔薇の香りに包まれたその男七条はふんわりと微笑んだ。





『七条』と書いて『胡散臭い』と読む。
魔術師、占星術師、霊媒。彼の持つ肩書きは全てが全て、胡散臭い。申し訳のように付け足された、数学者、の文字すらもが、その胡散臭さを増長させる。
魔術だの占いだの霊媒だのと数学に、どんな関わりがあるやら、丹羽にはさっぱり判らないからだ。
七条臣は、丹羽の異母弟である西園寺が取り立て、傍に置いている男である。出自も経歴も判然としない、典型的な流れ者で、本来であれば王家の人間が容易く近づけていいものではない。が、西園寺は丹羽のいう事など聞きはしない。どころか、丹羽の嫌がる事なら、率先してやる。
丹羽は、どうやら己がこの異母弟に嫌われているらしい事を知っている。彼の母親と丹羽の母親が、父王の寵愛を奪い合う、いわゆる後宮闘争の両翼であったからか?
丹羽も昔、折りにつけ母妃から聞かされた『陛下を誑かす毒婦』に対する、それこそ毒の滴るような恨み辛み、悪罵の数々。
だけど、それももうみんな、遠い昔の話だ。
同じような暮らしに耐えてきたはずの彼とは、仲良くやっていけると思っていたのに、何故だか、初対面から、もう嫌われていた。以来、彼は後宮の一角、白い庭に囲まれた離れ宮殿に篭もって出てこない。時折、侍女を寄越して、こちらに要求を、本当に事務的に、要求、としか言えない言葉を伝えてくるだけだ。
そして、七条のような男を、傍に侍らせていたりする。
しかし、この七条、始めは、ただ単に丹羽への嫌がらせのために雇ったのかとでも思ったのだが、どうやら、それだけでもないらしい。全く、どこが気に入ったものやら。
丹羽は、ちろりと目の前の男に視線をやる。あくまでも、相手には気づかれないように。
銀の髪。端正な、しかし、穏やかで温和しげな面立ち。その腕に無造作に抱えられた十数本の薔薇は、この白の庭の主役であると言っていい。西園寺の最も気に入りである、この白薔薇を切る事を許されているのは、この七条だけであるという。艶やか且つ華やかでありながら、どこか清楚なその花は、この男を奇妙に引き立て、際立たせ、またより一層、胡散臭い。 どこか、油断のならなさを漂わせた男。
常に浮かべられた微笑みは、既に微笑みという名の無表情の域に達している。それほどに、丹羽は彼の他の表情を見た事がない。
眉根にくっきりとした皺を刻んだ中嶋が、嫌悪も露わな声音で吐き捨てた。
「奇術師風情が、表に顔を出すな。場が汚れる」
「僕は、魔術師ですよ。何度言っても、貴男のその固いおつむでは、覚えていただけないようですけれど。更にはそもそも、ここは貴男方の領域ではない。その位は、お解りでしょうね?」
「それは違うな」
白い庭の向こうは、西園寺の領域。過去は、前王の愛妾であった者の。そして現在は、前王の第2王子であり現王の異母弟である者の。それを指摘する七条を、中嶋は鼻で嗤う事で答えた。
「白の庭は、境界線だ。つまり、ここは中立地帯というところだろう。貴様に四の五の言われる筋合いもない、奇術師」
七条は、その微笑みで周囲の空気を凍らせる。王城で、それを真っ向から受けて立って、凍らないのは、冷静冷徹冷酷の永久凍土といわれる宰相閣下だけだと、厨房当たりで囁かれているのを、丹羽は知っている。
何故知っているのか、などと問われると、厨房にいた一件について触れない訳にはいかず、本来、執務中であるはずの時間帯に厨房にいたという事実を明らかにするのは、丹羽にとって、いろいろと差し障りがあったりするので、当の宰相閣下には内緒であったが。
しかし、その噂は一部分においては正しかった。少なくとも、現在の王城の主である丹羽には、彼と対峙する勇気がない。その微笑み一つで呪いでもかけられそうで、何やら背筋がむずむずしてくる。
しかし、常ならば延々と繰り広げられるこの冷たい戦争は、今回は続かなかった。彼らの間に恐れげもなく割って入る、一つの声があった。
「あの。ごめんなさい。七条さんは悪くないんです。俺が迷子になっちゃったから、ここまで送ってくれただけで。俺が悪かったんです」
春の陽の暖かさとでもいったような、のんきそうな声。よく見れば、七条の背後には、しゅんと項垂れた少年が一人。
色味を極端に抑えた服装は、質素ではあったが、きちんと洗濯され、それなりに手入れも行き届いた清潔さ故に、貧しげには映らない。王城の人間の持つ華やかさはないが、きちんとした躾を受けた者の清楚さとでもいったものがあった。
このような印象を与える者をもう一人、丹羽は知っている。
「…お前、もしかして、篠宮が探してた奴か?」
「篠宮さん!探してましたか!」
子犬がぴんと尻尾と耳を立てる。そんな風情で、目をまん丸く見開いた少年は、丹羽をまっすぐに見返した。
子供は、思ったよりも年齢が進んでいるようだった。少なくとも、『子供』という年のようには見えなかった。だが、そのまっすぐ過ぎる瞳だけは、なるほど大人の持ち物ではないだろうというもので、そういう意味では彼は、少年、としか表現できない存在であった。
慌てた彼の話は、先に進んだり戻ったり、あまり判り良いものであるとは言えなかったが、要約するに、つまり。
外があんまり温かそうで、庭があんまり綺麗だったので、ちょっと出てみたくなった、というのが、そもそもの始まりであったらしい。中嶋の推測も丹羽の意見も、大当たりであったとは言い難い。なので、彼らは互いにそれを綺麗に無視した。結論が正しければ、それでよいのだ。
「ご迷惑をおかけして、本当にすみませんでした」
深々と頭を下げた少年に対して、「気にするな」と軽く返す。篠宮のところへと案内してやる、と言い添えると、少年はわざわざお迎えに来てくれた人達に恐縮しつつも、感謝で一杯の素顔を向けた。
これは丹羽にとって、それなりに楽しい暇つぶしになったし、中嶋にとっては、篠宮に軽く恩を売る、まではいかなくても、貸しを作るくらいはできた、それなりに美味しい状況なのではないだろうか?
上機嫌の丹羽を見、表情の変わらない中嶋を見た七条は、いつもの無表情の微笑みの中に揶揄するような面白げな色を滲ませながら、「啓太くん」と呼びかけた。それは、丹羽と恐らく中嶋も、アノ七条の口から出るとは思いも寄らない、そんな甘ったるい響きを含むものだった。
その声に素直に向き直った少年…啓太という名前らしかった…は、七条に対しても丁寧に頭を下げる。曰く、ここまで案内してもらって、すみませんでした。だけど助かりました。ありがとうございました。
対する七条は、常ならぬ妙に温度を感じさせる微笑でもって啓太に答える。
「いいえ。こちらこそ、僕達のお茶会につき合っていただいて、感謝しているんですよ。何しろ、いつも二人だけでいるものですから」
その言葉の意味するところに目を剥く丹羽など歯牙にも掛けぬげに、七条は更に続ける。
「これはお礼です。受け取っていただけますか?」
そして差し出された、七条の手の中にあった白い薔薇の束。
「えっ、だけど、そんな悪いです」
顔を真っ赤に染めた啓太が、ぶんぶん首を横に振りながら、後退った。それを、愛でるといった表現がぴったりの様子で、七条が目を細める。
「この薔薇を、綺麗だと言って下さったでしょう?だからこその郁からの贈り物です。僕らの出会いの記念に」
「…西園寺さん、から?」
怖ず怖ずと顔を上げた啓太の、嬉しそうな瞳。
丹羽は既に、言葉もなかった。
西園寺が茶会に七条以外の他者を同席させた事や、人のために気に入りの白い薔薇を切らせた事、それを相手に贈る事、「西園寺さん」などという呼称を許容する事、全てが聞いた事もないものだった。
啓太が大切そうに白薔薇を抱きしめて、丁寧な礼の言葉とそれ以上に思いを伝える顔一杯の笑顔でもって七条に何度となく頭を下げて。
丹羽の後を付いて歩いていると気づいたのは、元来た道を戻っている事に気づいたのと同時だった。
「…お前は、初めて王城を訪れたという事だったが?」
「はい。そうなんです」
妙に冷静な中嶋の声に臆する様子もなく、先程までの名残のにこにこ笑顔のままなのだろう、啓太がはきはきと答える。
「初めにあの白い花ばっかりの庭に迷い込んだ時は、入っちゃいけない場所に来ちゃったのかと思いましたけど、西園寺さんも七条さんもとっても優しくて、親切で」
実際、『入っちゃいけない場所に来ちゃっ』ていたし、西園寺も七条も『とっても優しくて、親切』な人間なんかではない。
「ほう…」と息を吐くように呟く中嶋は、今、鋭い眼光を放つという表現がぴたりと嵌る、そんな目をしているのに違いない。
「だけど、王城の庭って、本当に綺麗ですね。咲いてる花も凄く綺麗です。お二人で寛いでいたところをお邪魔しちゃって、悪いなぁと思ったんですけど、お茶とお菓子を頂いて、こんな綺麗な薔薇まで頂いちゃって。お二人とも、本当に優しくていい人です」
重ねて言うが、西園寺と七条が『いい人』だなんて、丹羽は一度だって聞いた事がない。彼らは、己に利するものがなければ、決してそのようには動かない。現在、少年と会話している、丹羽の相棒と同様に。
「あの。俺、お二人にもご迷惑お掛けしてますよね。ごめんなさい。えっと…」
もの言いたげな視線を中嶋と丹羽へと等分に注ぐ啓太に、常同様の無表情ながら、常よりも随分と柔らかい印象の声音で、中嶋は返した。
「俺は中嶋だ。あっちのでかいのは丹羽」
そこで改めて、丹羽は啓太へと顔を向けた。これまで、ちらりと視線をくれる事はしていたが、この少年とはっきりと向き直ったのは、七条を間に挟んだ時以来だった。
「俺は、啓太です。初めまして。…今頃初めましてって、何だか変ですね」
照れた風に笑いながら、啓太はまっすぐに丹羽を見る。最初に顔を合わせた時も、そうだった。
こんな少年だから、西園寺にも気に入られたのかもしれないと思う。丹羽だって、この少年を可愛いと思うくらいだから。だけど、少し複雑で。だけど、それは啓太のせいではない。
だけどだけど、と思い続けるのも、自分らしくないと思う。
だけど、何となく複雑な心情を抱きながら、この少年を可愛いと思う、そんな気持ちをこれからもずっと持ち続けていくのではないだろうか、と、これは予感のようなものだったのだけれど。



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