マージナル


あしたの朝まで カリメラの夢を見ておいで

宮沢賢治



マージナリワール。
それは、この世界の事だと、『あの人』が言った。
その時、それが何の事なのか、意味はよく判らなかったのだけれど、古語の響きがひどく印象的だったせいだろうか、その言葉は今でも鮮明に覚えている。



昔、『兄』が言っていた。
ミツバチは、その巣の中だけで世界を作っているのだと。
たったひとつの存在だけが子を産む、閉鎖空間。
女王の力が衰えたら、入れ物がいっぱいになってしまったら、幾匹かの女王候補が生まれてくる。そして、新たな女王が新たな世界をつくるのだと。
不思議と、そんな話を思い出した。

「女王になれなかった、他の候補はどうなるの?」
「新しい女王が殺す。自分の地位を脅かす存在だから」

新しい王は、ひとりいれば、充分なのだ。
新しい世界が生まれる時、古いものは全て、その存在ごと消去される。
理屈では理解していたけれど、それでも、気になって仕方がなかった。


   他の候補は、どうなったの?





「…おい、聞こえてるのか!」
頭上から降る声に、そっと目を開ける。逆光に、彼の表情は見えない。しかし、それでも怒ったような声音にほんのりと混ざり込んだ心配の色は、アベルには露わなくらいに感じ取れた。
輪郭を縁取る銀の髪は、きらきらと光を弾く。きっと紅玉の瞳は、その声よりもずっと素直に、感情を映し取っている。
この上なく正直で、正直じゃない、元剣闘士。
「………ああ…生きてた」
洩れたのは、安堵の吐息。
「あ?」
「…よかった。生きてたんだ…」
何だか、涙が零れそう。
何だろう、この感情は。
「何だ、そりゃ。普通、転んだくらいじゃ死なねーよ、人間」
「俺がじゃなくて…、………いいや」
彼の言う通り、草むらで転んだって、大した事なんかない。それなのに、心配したんだって、してくれたんだって、そう吐露してしまっている事に、きっと彼は気付いていない。
「『いいや』って、何がだ。あ、こら、こんなとこで寝るな」
「…うん…」
寝るつもりなんかなかったけれど、彼の声がどこか、遠くで聞こえている。
意識は、白濁しつつあった。
そう言えば、今の俺って、色々な事を知ってない?
『あの人』って誰?『兄』って?
だけど、もう何も考えられない。


生きててくれれば、それでいい。
幸せでいてくれたら、もっと嬉しいけれど。
だけど、他に大切な人がいたら、きっと胸が潰れてしまう。
寂しくて、辛くて、哀しい。


相反する感情は、それでもどちらも本当。
彼に最初に会っていたら、運命は変わっていただろうか。
彼が『愛している』と言ってくれる?
そんなの、想像もつかない。


己の身を抱くようにして丸くなる。
昔のように、風を避ける翼はなくしてしまったけれども、草の寝床は爽やかに軽く、日差しはぽかぽかと暖かい。
彼は、あからさまな様子で溜息をつくと、隣に腰を下ろした。風が背に当たらなくなった事に、アベルはそっと微笑みを浮かべる。彼に気付かれないように。


彼は、いつもとても優しい。だけど、そう思われる事を嫌う。
優しいという事は、弱い事だと思っているみたいに。
ぶっきらぼうなその対応に隠された彼の素顔が、どんなにアベルに救いをくれたか、全く判っていないみたいに。


大好きだ、と告げたら、彼はどんな顔をするだろう。
今でも、大切な彼女の事を忘れてなんかいないけれども。
それでも、彼の事が大好きだ、と。


暖かな日差しの中。
ゆったりとたゆたう夢の中。
彼は、想像もつかない言葉を口にした。





ここは Marginaly World。
限界ぎりぎりの世界。


後もう少しで、世界は終わる。
あまりにも幸福すぎて、世界はいっぱいになってしまう。


だけど、貧欲は美徳のひとつ。
だったら、この願いは許されるはず。


世界なんか、どうなってもいい。
だから、この人とずっと一緒に居させて下さい。



TO BE CONTINUE?



いやいや、続きはないんですが。
実はこちらは曲名シリーズと微妙に違う枠でして、
ゼロ×アベとカイ×アベを平行させてく予定だったのですが、
なんか色々妄想が進みすぎて捏造臭くなってきたのでお蔵入り。
まるで、他の話が妄想捏造ではないかの如き言いぐさです。
だけどなんちゅーかアレね。
いいよねカインは。<怪








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