EDEN +++ 終章


「あなたは 塵だから 塵に還る」

創世記・第三章19より抜粋



僕が僕でいられる間。
僕は、ずっとこの人の傍にいられる。傍に置いてもらえる。この人が、傍にいてくれる。



本当は、言わなければならないのだろう。
僕は多分、もう少ししか、彼の傍にいられない。

『あの人』が僕を捨てた事。
…初めから、僕は『あの人』のものではなかったから、だから、『あの人』が僕を捨てた、という表現は、どこかおかしかったのだけれど。
だけど、『あの人』が僕を置いていってしまったのは、僕が僕でいられる時間が、後もう少ししかないからなんだ、と、どこかで気付いていたように思う。
『あの人』はいつも、僕を通り越して、背後に在る他の誰かを見ていた。それは『あの人』が、『奴』と表現していた人で、時が来れば、僕は『奴』の魂に押しつぶされて、消え果ててしまうだろう、と、初めて会ったあの時に、確かに『あの人』はそう言っていたのだ。

『あの人』は、僕がいなくなって、そして、初めて生まれ出る『奴』に、会いたくなかったのだろうか。
だけど、『あの人』にとって、必要だったのは、多分、『奴』の方。
決して、僕じゃない。
決して、僕じゃなくて、それでもいいのだ、とそう思っていた。
だって、『あの人』は、僕の事を覚えていてくれると言ったから。
『奴』ではなくて、この『僕』を、ずっと覚えている、とそう言ってくれたから。
『兄』の影として生まれて、『奴』の器となって消える。
しかし、そこには確かに、愚かで不器用で情けない、白い羽のアベルが存在したのだという事を。



『あの人』は、覚えていてくれる。



だけど、彼には、忘れてしまってほしい。
そんな奴隷もいたな、と、ふとそう思い出す事はあったとしても。
彼は彼のままに、生きていく。強く、何よりも強く。アベルの憧れそのままに。
そう思っただけで、胸の奥がほっこりと暖かくなった。
「…おめー、何にやにやしてんだよ」
「え?…そんな顔、してました?」
「してた。すっげ嬉しそうな顔」
彼は、苦虫を噛み潰したような顔をしてアベルを見やる。どうやら、己が傍にいるのに、アベルが己の事を見ていないのが、気に入らなかったらしい。実は独占欲が強いのだ、という事も、最近知った。
生活を共にして。いつも一緒にいて。
ひとつひとつ、アベルはゼロの新しい顔を知る。知らなかった一面を見る。
その事が、こんなにも嬉しい。
「何、考えてたんだよ。言え。言いやがれ」
不機嫌そうにふて腐れて、アベルの羽の端を引っ張る。「ゼロ様の奴隷でよかった、と思って」と告げたら、それだけで真っ赤になって、それを誤魔化そうとするように、アベルの首を抱え込んで、のし掛かった。


この気持ちを、何と言えばいいのかわからない。
寒い夜も、きっと己の心を暖かくしてくれる。暗い道でも、決して見失わない光。



貴方は、全部、忘れてしまって。
僕がその分、全部、覚えているから。

僕が貴方の事をとても好きだという事。
とてもとても好きだ、という事を。



僕が僕でいられる、最後の瞬間まで。
きっと。



END







 ◆◆ INDEX〜PYTHAGORAS