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 異端とされた教会 −神への捧げ物−

キリスト教三大宗派、カトリック以外の二つが、東方正教会(オーソドクス)とプロテスタントになります。そもそも、『異端』とは、己こそが正統である、と主張するサイドから見た、別宗派のことであります。
例えば、東方正教会から見れば、カトリック、プロテスタントこそが、異端そのものな訳です。が、一般的には、異端と言ったら、グノーシス主義がクローズアップされるのもまた、事実。
そもそも、ユダヤ教の一宗派であり、異端であった「キリストに追従する者達(クリスティアーノイ:のちに言う、クリスチャンの語源)」が、ユダヤ教との決別を経て後、内部分裂を起こします。この時(紀元4世紀頃)に切り捨てられた少数派が、グノーシス主義、といわれる一派。
そして、西方教会と東方教会に分かたれた、未来のカトリックと正教会。
こちらでは、カトリック外、異端とされた各宗派について、少し、語ってみたいと思います。
 ■東方正教会(オーソドクス)

教義に対する見解の相違により、原始キリスト教より、カトリックと正教会に分離。
最も大きな亀裂となったのは、当時、カトリックが正統として認定、現在も主張している『父と子と精霊の三位一体』について、です。
現在、冷静に見ても、理に適った説であるとは言い難い、三位一体論ですが、原始キリスト教時代でもやはり、そのように考える人はいた訳で。
まぁ、実際には論争で負けちゃったから、カトリック=正統って事になってるんだけどさ。
(多数決で「正統」は決定されたらしいのですけれど、随分、裏金が飛び回ったという話をどこかで見た事あり。今も昔も、お金様が一番、偉いという事かーしーらー)
だけど、この論争(紀元4世紀頃)の後でも、カトリックは西方教会、正教会は東方教会であり、まだひとつの教会、ではあったのですね。名目的には。
しかし、東西ローマ帝国成立という世界史ニュースネタにより、同じく東と西に分裂した彼らの教会も、思想的教義的に離れていく一方となり…。
だけど、ルネサンス以前は、東側(正教会)の方が、芸術的、学術的にずっと優れていたそうです。…西側では、あらゆる知識の教会独占もしてたから、中世の頃なんか、一般庶民の識字率、もんのすごい低かったりするのよね。そういう状況だと、協会関係者も知識を得ようとしなくなるらしく、聖書(カトリック公用語はラテン語)さえ読めないカトリック司祭、なんてのも、いたらしい。ギリシア哲学も積極的に学ぶ正教会司祭(公用語はギリシア語)との落差たるや、想像するだに悲しい…。
しかし、それはおいといて。(話がずれるな、どーも)
彼らにとっての西側カトリックとは、元々は、ローマ、コンスタンティノープル、アレクサンドリア、アンティオキア、エルサレムの5都市に置かれていた総主教座のうちのひとつであったローマ主教(それでも、ペテロの後継者として、他4主教よりも優位にはあったらしい)が、分離後、西側において勢力を強め、教皇を名乗っている、という図式のようです。
時代のニーズに合わせて、どんどんその姿を変えていった西側カトリックに比べて、質素であり、哲学的であり、秘教的であるといわれる東方正教会は、実は、最も原始教会に近いのかもしれません。
正式に分離、となったのは、11世紀。元々、教義論争で対立していた両教会ですが、当時のノルマン人の侵攻を憂えたカトリック教皇が、東方教会の総大主教に協力要請書を送ったところ、総大主教、これを黙殺。その態度にカトリック教皇が激怒。互いに互いを『破門』し合った結果、分離、東方正教会の成立に至ります。
教皇「なんだ、その態度は。何様だ、お前」、総大主教「苦しい時だけ、こっちを頼ろうだなんて、甘いっつーんだ」、から「そー言えば、お前には常々言いたかった事があるんだよ」に至り、お互いに売り言葉に買い言葉で言いたい放題した結果、「絶交だ!」に落ち着いたってトコかなぁ。
結局、この大喧嘩は20世紀半ば頃、カトリック教皇とイスタンブール(前の地名は、コンスタンティノープル)の総大主教との歴史的会見まで、延々、900年に及ぶ事になりますが、それもまぁ、さておき。
東側では、その後、世界史上での国の興亡に呼応して、あっちゃこっちゃと動きあり。総主教座も、5つ増えました。現在では、9つ。《ローマ主教(カトリック教皇)は、東方正教会によって『破門』されてるので、総主教座ではありませーん》
東ローマ帝国滅亡後は、ロシアへと拠点を移しまして、こちら現在でも、ロシア正教会が最も大きな勢力、となっております。

 <蛇足なんだけどさ〜「ロシアに拠点を移した」の話>

東ローマ帝国が滅亡した時のお話ですね。
東ローマ最後の皇帝の、確か、姪っ子が、ロシア(当時はまだ、モスクワ大公国)に嫁にいっていまして、それを頼ってったんじゃないのかなー、なんて、個人的には思ってたりします。<調べろ、自分
モスクワ大公国は、ギリシア正教を国教にしてたしね。集団疎開っぽくない?イメージとして。<と問われてもね
その関係で、その後、モスクワ大公は「皇帝(ツァーリ)」を自称するようになります。「ツァーリ」という呼称は、当時のモスクワでは、東ローマ帝国皇帝とモンゴルのハーン(日本でいうところの元、チンギス・ハーンの後継ですね)にしか、使用されていなかったのだそうで。
モスクワ大公国がロシア帝国となるのは、それから200年程経ってからのお話ですが、ロシア皇室の旗印が、双頭の鷲ってあたりも、ローマ皇帝を意識してるのありありです。(双頭の鷲という図柄は、本来、ローマ皇帝の旗頭です)
ヨーロッパ圏において、皇帝といったら「ローマ皇帝」の事であり、東ローマ皇帝の血筋を持つロシアは、ローマの後継者である、と称する事になる訳です。ローマ帝国は、最盛期で、ヨーロッパ文化圏のほぼ全域をカバーしていましたから、ヨーロッパ人種にとって、皇帝とは、全ヨーロッパを統べる王、そのものなのであります。
その後、教会公用語みたいになっちゃうラテン語だって、元々はローマ帝国の公用語で、英語だのフランス語だのは、その方言みたいなものなのね。ああ、蛇足蛇足。
そして、皇帝といったら、もうひとつ。
「神聖ローマ帝国皇帝」という名が存在します。これは、ローマ帝国にあやかって、新たなるヨーロッパの王としてカトリック教皇が認めた、オーストリア・ハプスプルグの称号。普通には、こちらの方が耳馴染みがいいのでは。
 ■プロテスタント

こちらは、カトリックからの分離ですね。
世界史では、『ルターの宗教改革』として出てきます。大昔、授業で「教会の免罪符発行に抗議(プロテスト)して、破門された」と習った覚えが。
ちなみに、免罪符、というのは、今までに犯した罪も、これから生きていく上で犯すだろう罪も、全て許される(免罪される)というお札。…それって、いわゆる幸福の壷なんでは?
実際、バカ高い値段で教会によって販売されたらしいです。実直真面目なドイツ人が怒っても、そりゃあしょうがないって気も。
カトリックが、神と信者との仲立ちとして教会、聖職者を置いたのに対し、神と信者との間にあるものは、聖書のみである、と主張。教会の優位性を否定しました。信仰対象は神のみであるとし、天使、聖者崇拝を否定するという点は、より純化されたキリスト教である、とも言えるかもしれません。(天使・聖者信仰は、土着の多神教を、聖母崇拝は、キリスト教以前の女神信仰をそれぞれ反映したもの、といわれています)
発生当初は、異端として弾圧されたこの宗派は、アメリカへの集団移民後、大きく発展することになります。(イギリス、清教徒革命ね!ありがとうありがとう、世界史の授業!)
宗教世界の共産主義革命と言われるこのプロテスタント成立ですが、まさに共産主義団体よろしく次々と分派ができ、今ではプロテスタントと総称しても、いくつもの派に分かれています。そして、分派当初はプロテスタント内部で、その派をまた、『異端』である、と断罪する訳なのね。ああ、エンドレス。

 <蛇足なんだけどさ〜「破門」という現象>

東方正教会の分離にて、「絶交」といった風に表現した『破門』ですが、勿論、そういう言葉で言いきってしまえるものではありません。<なら、そんな風に書くな
これは、個人に対してのみならず、街単位、国単位でも布告される事のある、教会の切り札であります。
具体的に、破門されるとどうなるか、というと、まず、教会によるお仕事が一切、機能しなくなります。子供が生まれても、洗礼が受けられず、結婚したいと思っても、式は執り行われず、生まれた子供は「神聖な婚姻による子供」と認められず、告解もできなくて、死ぬ時も終油はなく、葬式もなし。
となると、終末の日、最後の審判で復活することもなく、後に天国へと迎えられる事もない。最後の審判とは、神が人の魂を天国行きか地獄行きかを選別する作業ですので、天国に行けないとなると、自動的に地獄行き、という事に…。
揺りかごから墓場まで、キリスト者の人生全てをケアする教会の権力の象徴です。
宗教より国益優先の商人の街だったヴェネチアや、幾度も王妃の首をすげ替えた英国国王ヘンリー8世(エリザベス1世の父)、最近では、キューバ革命政権など、破門された国、人というのは、結構あったりするのですけれど、それで折れる所はあっという間に折れるし、そうでない所は、何か抜け道を考え出したりしているようです。
ヴェネチアは、その政治手腕で破門解除を勝ち取りましたし(だけど、その後、何かある度に、破門→破門解除を繰り返してマス)、ヘンリー8世は国王を首長とする英国国教会を立ち上げてしまいました。キューバは、例の先進的な教皇が、何年か前に行幸に行って…解除されたのかな、破門。ちょっと不明。
 ■グノーシス主義

エジプト、シリア、ユダヤ、小アジア等の土着宗教がキリスト教に混ざり込んだ思想形態。
グノーシスとは、『知識』という意味。地の精霊を意味する『ノーム』と、語源は一緒。ノームは、大地の賢者だもんね。閑話休題。
特徴は、善と悪との二元論(ゾロアスター等、光と闇、善と悪が鏡合わせのように存在し、永遠に戦い合う、という形態は、古代神話の中に結構あります)、そして、己の本質は至高者と同一である、ということ。
その本質とは、全く霊的なものであるが、現在は悪=物質である肉体の檻に囚われており、この霊魂を神に回帰する事によってのみ、救いが得られる、とします。
いわゆる唯一神の上に、グレートマザーである至高者、大地母神を据え、この世界を創造した神を彼女の息子である、と説きますが、グノーシス派にとって、なにより、物質は悪、ですので、世界創造の神は、はっきり、悪神であります。
自分の母である至高者から、神力を剥ぎ取ってこの世界に君臨する放蕩息子ってとこかしら。
人間として肉体を纏って顕れたキリスト=イエスは否定。せいぜいがとこ、キリストの仮の姿として認める、という程度。
彼らの言う至高者とは、古代密儀に表れる大地母神であり、蛇でもあります。大地母神の意味するものは、豊饒と混沌、性愛と熱狂の生み出す力、幾度も脱皮を繰り返す蛇は、太古の昔から、英知と復活の象徴でありました。サタンが、楽園でイブに知恵の実を食べるよう、誘惑した折り、蛇の姿であらわれたのも、これと無関係ではありません。
彼らの信仰心が、無秩序な乱交という形になって現れたのも、むべなるかな。これは、決して『欲情』などではなく、悪しき物質界からの『解脱』なのですから。
ですが、再三申しますが、何よりも、物質は悪、ですので、妊娠は忌避されます。
人間とは本来、至高者の魂の一部を持って生まれてきます。新たに人間を作り出す、という事は、大地母神の魂とその力を削り続けるために、彼女の息子が張り巡らせた罠に他ならないので、子供を作るなんて、もってのほか、なんですね。
万が一、できてしまった場合は、物質界に生まれ出る前に、至高者に帰すのが基本。
そういった理屈を聞いてると、理解できるような気がしないでもないけど、でも、行動の結果だけ見てると、弾劾されて消滅したって、それはしょうがないかなぁ、というカンジ。これじゃあ、そのうち、人類滅亡しちゃうしなぁ。
だけど、その思想それ自体は、中世以降、神の創造した宇宙をビーカーの中に再現する事(小宇宙創造)を主目的とした錬金術の中に取り込まれ、ひっそりと生き延びる事となります。
現在でも、エジプトやシリアなどには、グノーシス派の流れを汲む、だけど、そんなに過激ではない、いくつかの教会が残っているそうです。
 ■悪魔信仰(サタニズム)

グノーシス主義の聖餐を「悪魔主義者の宴」と弾劾した神父(原始キリスト教時代は教父)がおりましたが、グノーシス主義の方々は、本来、真面目なキリスト者であります。
宗派違うだけなのよ。色々と信仰がある訳なの。悪意も罪の意識もないの。だからヤバいっちゃ、その通りなんだけどさ。
だけど、本当の悪魔信仰は、違います。アレは、カトリックを白としたら、反転、黒に置き換えたパロディであり、そこには、固有の教義も信仰もありません。
そもそも、サタンからして、キリスト教語るところの『神』の敵対者の事だしね。それらは全て、カトリックを映す鏡であり、カトリックなしでは存在しえない、特殊キリスト教とでもいえるものなのかもしれません。
キリストに代わってサタンが座した黒い祭壇。黒い塗油と黒い聖体パン。
乱交、近親相姦、動物変身、嬰児供犠、恥辱の接吻、ソドミー。
暗黒の中世から、魔女狩り時代に至るまで、悪魔礼拝の形式は、ほとんど変化していません。それは何よりも、彼らの実像であるカトリックが変わらなかった、という事実に他なりません。
そして現在。多様な価値観が認められるようになった時代においても、正統を映す鏡として、悪魔信仰は息づいているのでしょうか。

 <蛇足なんだけどさ〜「バフォメット」という存在>

皆様のイメージの中にある黒ミサに、必ず存在しているだろう悪魔がいます。
黒い山羊の頭を持っていて、人間の女性の胴体の下に、やはり、黒い山羊の下半身。胡座をかいた姿で、指では秘教のサインを形作る。彼の名は、誰もが知るだろう悪魔界のビッグネーム、バフォメット!
しかししかし、しかーし。
結論だけ先に言っちゃいますと。
そんな悪魔、いません。
…いや、ほんとに。
いないんですもん、ほんとーに。「悪魔学」とか「神秘学」とか、そんなものの中に存在しないのよ、これが。
じゃあ、この名前ったら、どっから出てきたのかと申しますと、かの悪名高き異端審問!テンプル騎士団が、教皇の名の下に異端とされ、解体された世界史上の事件で、出てくるのです。
騎士団とは。
一言でいっちゃうならば、戦う坊さま、であります。キリストに帰依し、神の敵である軍勢に抗する戦士であります。騎士の剣が柄と合わさって十字を形作ってるのも、やっぱ伊達ではないのです。
しかし、これが一般の教会よりも、ずっと庶民に人気があったらしいのですね。当然と言えば、当然ですが。
なんてったって、騎士の方が目に見えて格好いいしなぁ。同じキリストへの寄進だったら、教会よりも、騎士団にした方が気持ちいいよねぇ。
そして、騎士団は、各地で勢力を伸ばしていくことになります。手にした広大な敷地!膨大な金銀!!そりゃもう、母体であるはずの教会も差し置いて。
中でも、テンプル騎士団は最大派閥でした。最盛期は金貸し業までやっていたらしい。
農民が寄進しちゃった土地を治める国王だって、困ります。そんな大勢力、しかも武装集団、どうすりゃいいの。
かくして、陰謀はなされます。
異端審問で有罪とされれば、その者達の全財産は没収されます。そういう決まりになってますから。その後、カトリック治めるヨーロッパが、魔女狩りの嵐吹き荒れる時代へと突入した理由もまた、そこらへんにあるのですが、閑話休題(それはさておき)
教会と国王、折半でどう?そうねえ、いいかもねぇ…。
そして、テンプル騎士団は、解体されました。団員もほとんどが火刑となり、財産は決まりの通り、教会没収、土地の帰属は国王へと返還されました。
長くなっちゃいましたが、この異端審問において言及されたのが、「テンプル騎士団はバフォメットなる異形の像を崇拝し」の一文。
このバフォメット、……マホメットだったんじゃないの?
というのが、現在では通説となっておりまして。
長くイスラムの軍と戦い、最前線、イスラムとキリストの文化接点で暮らしてもきた騎士団ですので、教義の中にイスラムっぽさが入り込む事は、あったのかもしれません。…だったら、異端っちゃ、異端か。<今頃気付くの図
だけど、騎士団が崇拝対象としていたバフォメット像って、あの姿(黒い山羊)じゃあないんだよね。もっとずっと、人間っぽいの。男だってことも判るし。
じゃあ、あの外見イメージの方は、どこからきたんだろう。
牝山羊は、豊饒の象徴でもあったりするし、ちょいとグノーシスの匂いはするんだけどなぁ。(結局、謎
 異端であるということ

「異端」とは、自らを「正統」であるとする信念によって生まれた言葉です。己以外のものに、悪と罪とを被せる思想、だったりします。しかし、反対に「正統」という言葉は、決して、「善なるもの」の意味合いを持ってはいません。
悪はどこからくるのか。
それは、キリスト教を含め、全ての唯一神教の中で論じられてきました。
神が唯一のものであるのならば、何故、神はこの世界に悪しきものを創り出したのか。
西暦以前、ギリシアの哲学者ヘラクレイトスは、次のような言葉を残しています。

神にとっては 一切が美しく 善く 正しい
 人間にとっては あるものは不正だが 他のあるものは正しい

  
 ◆◆ INDEX〜B/M YOUGO GITEN