風花〜二人の王子


雪というには あまりに儚く
地に舞い降りると たちまちに消える雪片



その花は、まるで見上げる空までほの白い桃色に染め変えてしまうかの如きであった。
風がそよぐ。はらりはらりと花が散る。降り積もる花びら。
淡く色づいた、暖かな雪。



その雪は、まるで世界全てを凍り付かせる事を望んででもいるかのようだった。
吹き荒ぶ風は、氷粒混じりの白い壁。縦横無尽に荒れ狂い、空はおろか、地に這い蹲って進む事すらも拒絶する。
それはまるで、凶器。





その木は、ずっと昔、王宮へとやってきた。遠い東の果ての国から来た使者が、朝貢のひとつとして置いていったものなのだという。
顔も知らないご先祖様への贈り物はすくすくと育って、今では立派な枝を大きく広げる。まるで、空を抱きしめるかのように。
小さな王子は、その木の下にいって、枝の隙間から空を見るのが好きだった。まるで、その木の中にすっぽりと包まれたような気がしたのだ。
夏は青々とした綺麗な葉を一杯に広げて。秋には、赤茶色くなったその身を震わせて。冬、全ての葉を落とした姿は、とても寒そうだったけれども、次第に暖かくなってくると、真っ黒だった枝が段々、仄かに色づき始める。
そして、春。空を抱える枝一杯に花を纏わせて、まるで淡紅の雲のよう。
王子の国にあるのはたった一本だけだけれども、きっと、東の果ての国では春、たくさんの木が花をつけるのだろう。国を埋め尽くすような、淡紅色の雲。降りしきる、暖かな雪。
いつか、この目で見ることができたら。
憧れをこめて見あげた、柔らかな色彩の雪。



王子は、ようやっと見つけた山陰の岩の窪みに這い込み、力無く膝を抱えた。山の天候は変わりやすい、と口うるさく言われていたのだが、あまりにも天気が良かったので、ついタカを括って、遠出をしたのだ。ついつい、溜息が口を突いて出る。帰ったら、こっぴどく小言を頂戴する事になるのだろう、と思うと、気が重い。
目の前では、氷の粒が、真横へ飛び去っていく。まるで槍が飛ぶかのようなその鋭さは、再び体験したいと思うような代物ではない。ごおごおと猛る風は、更に強くなっていっているような気がする。
しかし、王子は心細いとは思わなかった。同じ岩の窪みの、これはもっと間口が広く、より外の風を受けやすい場所ではあったのだが、そこには彼の愛竜が蹲っている。彼の要求に応えて、一息に山並みを飛び越えた、力強き飛竜。
氷の直撃を受けて、飛竜の翼は少し傷んでしまっていたが、この風では、その翼を広げさせて、傷薬を塗り込んでやる事もままならない。王子は、翼を身に沿わせるように硬く畳んで、ただ風雪に耐えるように目を瞑った飛竜を見つめる。何もしてやれない自分に歯がみしながら。
自分でも、子供じみている、と思いながら、それでも、思いのままにならぬ天候に半ば腹を立てて。
畏敬と、怒りとを駆り立てた、激しすぎる凶器。





いつか、行ってみたい。遠い世界へ。
全てを見たい。この世の不思議を。



もっともっと、力が欲しい。
もう決して、己のものを傷つけさせたりなどしない。どこの誰にも。





今でも、雪は降っている。



END






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