妖精の王国


妖精がさらうよ
取り替えられた子供がうたう
魔法の国の言葉で



「あれー。今日は王女、まだ来てないのー?」
珍しい事もあるものだと火原が声を上げた。顔を上げたのは志水と土浦。
楽団員の専用施設となっている屋敷では、個々に練習室が与えられ練習に励む事もできるようになっていたが、玄関脇から直接繋がるダンスホールは常に、楽団員がやってきたらまず顔を出す場所となっている。ダンスホールの脇室である談話室には大抵王女がいて、明るい笑顔で彼等を迎えるのが習慣となっていたからだ。いつしかそこは誰ともなく集まって話をする場となり、身分の上下すら存在しない場所となった。何しろ、その場で彼等をもてなす楽団員の中で一番の下っ端…その実力により、楽団参加の条件として団長の金澤に位置づけられた…の存在が、楽団員どころか国内でも有数の地位にある人間だったので。
「二人だけ?」
きょろきょろと周囲を見回す彼に、土浦はあっさりと頷いた。
「今日はまだ見てないですね」
主語は『王女は』であったが、常の如くそれは省く。些か乱暴な物言い自体も、この屋敷以外の場所では不敬にあたる。しかし、それを言ったら、曲がりなりにも貴族である火原に対する態度も相当大雑把だ。多分に火原個人の資質に寄るところが大ではあったが。
現に彼以外の貴族とは、今でも距離の取りようが難しい。大貴族の若だという月森とは、初めて会った当初の反感が払拭される事もなく、今でも変わらず犬猿の仲だったし、それに何よりこの火原の親友だというもう一人の貴族。
「二人だけじゃありません」
志水が、火原の発したもう一つの質問に対する答えを告げる。上を指で指し示すその仕草につられるように火原が顔を上に上げた、その時。
「ああ、火原。来たね」
吹き抜けになったダンスホールに張り出した上階部分から、もう一人の団員の声が降ってきた。



柚木は、平民が思い描くであろう貴族に最も近い。いわゆる貴族らしい貴族だ。貴族への嫌悪感を抱える土浦にとって、彼はある意味、月森よりも苦手な存在である。
大きく螺旋を描く階段を軽やかに下って、柚木は彼等の集う談話室まで降りてきた。
「今日、王女はここにはこないよ」
「こないんですか」
ぼんやりと志水が言った。しかし、土浦にとってもそれは聞き捨てならない台詞であった。
「知っていたんなら、もっと早く言ってもよかったんじゃないですか?」
おかげでずっとこの部屋で来る予定のない王女を待っていたのだ。
内心の心情が隠しようもないほどに乗った土浦の声音に、柚木が柔らかく、しかし確かに面白そうに微笑う。
「おや。君達は王女を待っていたのかい?それは申し訳なかったね」
王女の笑顔を見て、軽口を叩いてそれから個別の練習室へと入る。それが土浦の最近の日課であったが、自分を楽団に引き込んだ王女への周囲を憚らぬ常の憎まれ口に対して「君は王女を嫌っていると思っていたからね」と揶揄するその様は、ひどく土浦を苛つかせる。彼は常にそうだった。発作的に言い返したくなる。「王女を嫌っているのはあなたの方でしょう」と。
彼は自身の身の内は決して周囲に晒さない。そしてやんわりと穏やかに王女を貶め、そして王女の周辺の者を、土浦を排除しようとする。
現実問題、彼が王女を嫌っていようと、楽団として上手くやってくれるのなら土浦は全く構わない。が、土浦が彼の思惑通りに動かなければならない謂われもない。
しかし、実際に土浦が口を開くより前に火原が返した。
「そりゃあ待ってるよ。ここで王女を見なくちゃもう練習に来たって気がしないし、それに何より、今日は合奏練習の予定だったじゃないか」
皆で選んだ合奏用の一曲、これまでの個別練習の成果を披露しつつ、今日は初めて皆で合わせる練習日であるはずだった。王女だってとても楽しみにしていたのに。
唇を尖らせながら、それでもその言には少しも相手を責める匂いがしない。火原という男は相手から反感を買わずに譲歩を引き出す術を知っている。意識してそうしている訳では決してない、いわゆる天然行動だと土浦も気づいていたし、故に彼に対して苛立ちを覚える事は滅多になかったが、それは目の前の男にとってもそうなのだろう心の入らない貴公子然とした微笑ではない、暖かみを感じさせる微笑みを浮かべて柚木は素直に謝った。
「ああ、確かにそうだったね。君達にも悪い事をしてしまった。予め伝えていれば、時間を無駄にさせる事もなかったのに」
僕のように個別練習の時間に充てられたのに、との裏の声がしかし、また土浦の心の琴線を引っ掻く。何のつもりか。何が言いたいのか。こういった遠回しに間怠っこしい物言いは嫌いだ。苛々する。しかし、そんな土浦の心情など知らぬげに、彼は続けた。
「今日は王女は公務なんだよ」
「え。王女、昨日は何も言ってなかったよ?」
そもそも、公務が入っていたら今日が全体練習の日になるはずがない。そんな火原の尤もな疑問に、柚木は軽く肩を竦める。そんな様さえも優雅だった。
「国外から急なお客様がいらしてね。月森君と二人で接待役を仰せ付かったそうだよ」
つまり、今日は月森もいないのだ。もやりと何かが燻り掛ける胸中に、火原の声が被さった。
「えー。月森君、王女と一緒なんだー」
いいなー、とのぼやきに柚木は苦笑する。
「それだけ客が大物だって事だよ」
王女が接待するのなら、それ相応の要人である。その上、家格だけなら王家にも並ぶ月森公爵家の跡取り息子付きときたら、その客は国賓に近い。
そう言えばあの二人は、貴族の中でもお偉いさんだったな、と今更のように思い出す土浦の前で、更に会話は続く。
「皆にも予定を変えさせてしまってすまないと言っていたよ」
ちっともすまながっているように聞こえないが、それは伝えている柚木のせいかもしれない。月森の言だったら、当人が言っていてもやはりすまながって聞こえないだろうが。
「柚木、王宮で王女と月森君に会ったんだね」
「たまたまだけどね」
貴族の中でも王宮に自由な出入りを許された身分は高位となる。王女、月森ほどではなくとも、柚木もまた位の高い貴族であるのだろう。いいなーいいなーとぼやき続ける火原はどうやらそうではないらしいけれど。
「今日の練習取りやめは、王女も残念そうだったけれど、吉羅公爵直々の依頼では流石に断れないね」
現在国政を支配する吉羅公爵は、若さに似合わぬ老獪な辣腕家で知られる。勿論、土浦は会った事はおろか、顔を見た事すらない。貴族のお偉いさんと平民とでは、生きる世界が違う。これは文字通りの意味だ。国の中に二つの世界があり、完全に棲み分けられている。支配するものとされるもの。搾取するものとされるもの。違う世界の違う生き物。金澤や王崎といった宮廷楽士のような、狭間の職業の者達だけが両方の世界を行き来する。
「ああ。王女、吉羅公爵と仲良しだもんね」
「…あの二人を『仲良し』と称するのは、随分突飛だと思うけど」
柚木と火原の会話は、ひどく遠い。全く違う世界の話だ。なのに、お偉い貴族の親玉と親しいという王女は土浦のよく知る人物で、それがひどく不思議な気がした。
「でも、確かに先代の王女は吉羅公爵家のご息女だったから。王女も心易く思うのかもしれないね」
「あの」
その時、今までぼんやりと彼等の遣り取りを見るともなく見、聞くともなく聞いていたらしい、世界の違いなど全く気にも留めない人物が会話に割り込んだ。
「王女って王の子じゃないんですか?」
先代の王女=吉羅公爵家の娘が引っかかったようだ。志水にしては珍しい。興味がないものは一切気にも留めない彼が、と考え、そして納得した。志水は王女に興味があるのだ。楽団に参加したのも、そのせいだろう。王女の誘いだったから。そもそも当初は彼女が王女だなどとは知りもしなかったのだが。
瞬間、柚木はぎょっとした風に目を見開き、彼にしては珍しい事に絶句した。思いも寄らない相手から声がかかった事に驚いたのか。志水が口を開いた事自体に驚いたのかもしれない。それくらい、志水は普段、口をきかない。
「…ああ、申し訳ない。君達は知らないんだね」
しかし、すぐさま優雅な貴公子顔を取り戻し、柚木は余裕たっぷりの様子で微笑んだ。
「王女は、国王の実子ではない。見て判るとは思うけど」
確かに。
アノ国王が父だったら、母親は誰だと切に問いたい。しかし、それをはっきりと王女自身に訊くのも躊躇われ、そのまま何も見なかった事にした。それが国王を初めて見て以後の土浦の対処である。志水は全く気にならなかったのだろうが。
実際、国王の実態を見覚えているかどうかも怪しい。無反応のまま柚木を見返す志水に、柚木も対応に窮したのか、こほんとひとつ小さく咳払い、そして改めて微笑みの仮面を付け直した。
「この国では、王女は代々養女なんだよ」



「ううう。月森君、なんかごめんねぇ。巻き込んじゃったみたいで」
月森の隣で、王女が低く地を這う呻きを漏らした。天井の高い王宮の廊下は全ての音が吸い込まれるかのように上を抜ける。
返答は既に決まっている。「君の所為じゃない」だ。それを受けて少しの間黙り、そして彼女はまた「ごめんね」と呟く。先程から何度となく繰り返した言動。その反復から抜けたのは、幾度めかに彼女が黙り込んだ後の事。廊下を歩む互いの靴音しかしない、そんな沈黙の後、彼女が月森を窺うように言ったのだった。
「…あのね。吉羅のお兄様は、楽団が嫌いな訳じゃないのよ?」
庇いたいのは楽団か、それとも吉羅公爵なのだろうか。そんな事をふと思い、月森は王女に気づかれない程度に口角を歪める。吉羅公爵が王女の後見人である事、そしてそれが名ばかりに過ぎない事も貴族ならば皆知っている。
「判っている」
そう。正確に理解している。
「ただ、楽団に貴族が加わっているのが気に入らない」
宮廷楽士は身分の低い者が携わる職業であり、ただの職人だ。彼等に職場を与える事が貴族の務めであり、楽士の真似事など貴族がすべき事ではない。吉羅公爵の意見は正しい。完全なる正論である。月森の周囲の者も皆そう言う。貴族なら勿論、そう言うだろう。

じゃあ、私が参加しているのは構わないでしょう、と王女が吐き捨てるように言った。その時、月森は部屋の外からその声を聞いた。
この国星奏は、王制でありながら王政ではない。建国神話に関わる王はひっそりと存在しながら、政治を行うのは貴族の中でも一握りの者達によって作られた元老院だ。これまで数多くの王女を排出した二つの公爵家、歴代の王女達の嫁ぎ先となった侯・伯爵家。神話の王はただその時々に『王女』を選び、自らの代理として配置し、元老院は彼女を外交の駒、飾りとして利用する。何十年も、何百年も続く星奏王宮の決まり事だ。
この国の長い歴史の中で初めての平民出身の王女に対する風当たりは強い。国王が選んだ、ただそれだけしかない、歴代の王女のような実家の後ろ盾もない王女。
「…公務はきちんとやります。手を抜いたりなんかしません。楽団も続けます。それでいいでしょう?!」
涙を堪えているのか、震える声を必死で押さえるような王女とは対照的に、かかる男の声は冷徹そのものだった。
「どうやって?今でさえ、手が足りない。知識も足りない。王女として幾らでも学ばねばならない事がある。ヴァイオリンなんぞやっている時間はない」
「…俺が手伝います」
部屋に踏み込んだのはただ、衝動に駆られてのことだった。二人が話す場に許可も得ずに入るのは、明らかに不作法な事だったが、そんな事も気にならない程に月森は腹を立てていた。何に対してか。多分、あらゆる事に対して。自身、なりたくもなかったろう王女という地位に対して、相応しくないと彼女が叱責される事。『ヴァイオリンなんぞ』と軽く、過去に月森が言われたのと同様に彼女もまたヴァイオリンを取り上げられそうになっている事。対する男が彼女に対してひどく冷たい事。全てにだ。
「公務だったら、俺が教えられる事もあります。補助できる部分もあるでしょう。王女が趣味としてヴァイオリンを弾く時間くらいあってもいいはずです」
あえて、二人の会話に割り込む非礼を詫びる事もしなかった。ぽかんと目のみならず口まで開けた王女と、元老院の長老格である吉羅公爵の前に出て、身分も年齢も自身の上位にある男に対峙する。ほんの少し上下した眉だけが彼の瞬間の驚きを示して、しかし、それだけだった。彼は何も言わなかった。月森に出て行くようにとも言わなかった。故に月森は続ける。
「…王女自身が賓客に演奏を提供する事も、困難を伴う話を円滑にする一助となるでしょうし」
自身の体験に基づく理由付けはさだめし説得力があったのだろう、吉羅公爵は即座に反論しなかった。黙殺ではない、それは沈黙だった。そして、月森の言葉に彼が黙り込んだその瞬間、月森の勝利は確定した。

例え政治の道具にしかならなくとも、音楽は音楽だ。ヴァイオリンを続ける口実となるなら、何だって利用すればいい。取り上げられてしまったら、そこで終わりなのだから。
「私、色々頑張るから。月森君の迷惑にならないようにって、もう迷惑掛けちゃってるけど」
えへへ、と王女は恥ずかしそうに頭を掻いた。貴族らしくはない、その仕草。けれど慣れてきたせいか、不快だとも思わない。彼女らしいと思い、好ましくさえ思う。
「できるだけ迷惑掛けないようにするから」
男に掛ける迷惑など、貴族の女なら気にも留めない。王女の言とその考え方は月森には思いも寄らない突飛さで、それでもやはり不快ではない。
「迷惑なんかじゃない」
自分でもらしくない言動だと思った。それでも、正直な気持ちだった。王女はぼかんとした顔で月森を見上げている。その顔が妙に可笑しくて、月森はくすりと笑う。
「あー、からかったね!」
赤い顔をした王女が唇を尖らせ、笑い続ける月森をむくれたように横目で見上げる。本当に怒っている訳ではない。それは月森にも判る。けれど、そこには一切の秋波がない。貴族間の恋愛遊戯の匂いがしない女の視線は新鮮で、何の駆け引きも感じさせない彼女の反応が心地よい。
彼女が王女になって、未だ10年にも満たない。社交界に顔を出すようになったのも最近の事で、王宮への伺候も社交界での遣り取りも好かない月森は、時々彼女の姿を見かけるのが精々であり、彼女と直に接触した事は殆どなかった。数少ない顔合わせの折りも、淑女らしい対応を躾けられた彼女が慎ましく会釈するのに会釈を返す、その程度の関係であり、そんな相手と今、こうして共に歩いていて少しも気まずくもないどころか、穏やかで親しげな空気さえ感じられる事が不思議だった。



彼等が向かうように指示されたのは、客間であった。国王代理として、王女が訪問者と対面し挨拶を受けるための謁見の間ではない事は、相手が賓客としての扱いを受ける者である事を示している。そして、月森の推測を証立てるかのように、王女が言った。
「今日のお客様は隣国の王子殿下なんだって」
しかし、月森は近々の王族の来訪などという話は至近の間、聞いた事もなかった。
通常、他国から王族が来るというなら、数ヶ月前には連絡があり、準備も進められるものだ。王宮での夜会への招待状も早い時期に出回る。他国の王族のもてなしは国の威信をかけて執り行うものであり、国を背負う重鎮、貴族達は最優先で出席すべき、予定を入れなければならないものであるからだ。慣例に反した話へ抱く疑問は同様であったのか、月森が訊くよりも早く王女は続けた。
「一般経路で入国して観光してたらしいんだけど、『一応、ご挨拶に寄りました』ってひょっこり現れたらしくて、吉羅のお兄様とか月森君のお父様とか、元老院のおじ様達大混乱って感じだったよ」
「…なんだ、それは」
飛び込みで企画、開催しなければならない歓迎式典、晩餐会、舞踏会、おもてなしの茶会。いや、そもそもその王子は本物か?王子が供連れもなくひょこひょこ隣国へ観光旅行に来るなんて、あり得るか??
元老院会議は紛糾した。その怒鳴り声が王宮内をふらふらと歩き回る王女の耳に直接届いてしまうくらい。
「でね。実際、その国に行った事があって王子様の顔を知ってる特使にこっそり検分させて、他からの情報も照らし合わせて、どうやら本物に間違いないって事になったって。何だか面白そうな王子様だよねぇ」
信じられない。信じたくない。
月森は眩暈を感じたが、王女は本当に楽しそうだった。同類、という単語が月森の脳裏に浮かんで沈む。ここ星奏の王女も、隣国の王子に負けないくらいふらふらとあちこちを歩き回っている。つい最近になって知った事実はひどく重い。月森はうっかり隣国の廷臣達に同情した。
「話が合いそうな人だといいんだけどな…」
しかし、続く王女の言葉の中に潜む不安は確かに本心のものであったろう。元々王女の公務は親善外交であり、不特定多数の人に会う機会が多く、そしてそれらの人々が皆王女に好意的な訳でもない。諸外国からの客となったら特にそうだ。値踏み、品定め。こちらの隙を突く機会を窺い、鵜の目鷹の目で狙う外交官達。いかに王女が人見知りのなさそうな性質であったとしても、そうそう慣れられるものではないだろう。
「大丈夫だ」
ただただ彼女を安心させたいと思った。それだけの月森の言には何の根拠もない。自分でも判るその安直さについ、自嘲が洩れそうになる。だけれど、王女はそんな月森を見上げ、目を瞬き、そして照れくさそうに微笑った。
「そうだね。今回は月森君と一緒だもんね」
彼女の言葉は月森の虚を突く。
だから大丈夫。怖くはない。
視線が語る、その信頼。何故か胸が詰まる。息苦しくて。月森はふいと視線を逸らしたが、王女は既に姿勢を正し、顔を前に向けていた。
準備は万端。心積もりも完了。既に目的地は目の前だ。深く静かに深呼吸して、そして王女は目の前の扉を開けた。



印象的な男だった。そこに現れただけで、彼が顔を見せただけで場が華やぐだろう。柚木から典雅な貴族らしさを薄めて、より華麗さを加味すれば目の前の男を相応しく表現できたかもしれない。曇りのない湿りのない晴れ晴れとした華やかさ。会う者に鮮やかな印象を残す、その一点においては外交官に向いている。生来よりの習慣として、冷静に相手を観察する月森の上を滑った彼の視線は王女へと落ち、彼はそれこそ花が開くかのように笑った。
「こんにちわ、香穂さん」
何よりも心からの歓喜と嬉しさを示して、その笑顔は照り映えていた。
対する王女はぽっかりと口を開けて固まっている。
「…知り合いか?」
香穂、と彼女の名を呼んだ。通常、王女を名で呼ぶ者はいない。この国で同時期に一人以上の王女がいる事などないからだ。王女はただ『王女』と呼ばれ、それ以外の呼称で呼ばれる事はない。
王女はきょろきょろと目を動かし、月森と男とを見比べるように交互に視線を流す。状況が全く判らない、そんな様子だった。
「…えっと、こないだ、街の食堂でヴァイオリン弾いてる時に会って…」
何かというと彼女に説教している吉羅公爵の気持ちはこんなものだったのだろうか。
一体、何処で弾いているのだ、王女ともあろう者が。
月森は額を抑えて、大きな息を吐く。
勿論、王女であるという事は隠しての所行だろう。だから、目の前の男にも『王女』ではなく自らの名を名乗り、対した。
取り敢えず月森が納得したらしい様子を見て取って、王女は今度は男に顔を向けた。
「加地君」
「名前、覚えていてくれたなんて嬉しいな」
何の裏心もない心底からの言葉だろう、加地が嬉しそうに微笑んだ。対する王女もつられたように微笑う。見知った者の登場で緊張も解けたのか、楽団の屋敷にいる時の彼女らしい生き生きとした様子で。
「ここで加地君に会うなんて、びっくりしちゃった。私達、王子様の接待役をする事になっちゃって」
照れたように顔を赤くして、緊張の切れた反動だろうか少し早口で述べる王女はそこで言葉を切った。今更のように加地の顔を見上げ、そして王女は首を傾げる。
「そういえば、王子様は何処?加地君、王子様のお付きの人かなにか?」
加地がにこにこと楽しそうに笑った。月森はひどく嫌な予感がした。



「僕は君に会いたくてここまで来たんだよ」






取り留めなさすぎなので、ここで終わっとく



その後、恐らく王子様の接待で楽団出動。
そして、王女の婚約者選びネタ萌え。<アラロスのやり過ぎ
隣国の王子は嫁探しの旅に出るものと相場は決まっています。








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