月夜のスペルおまけ


大人の知らない不思議な言葉



「七条くーん」
まるっきり子供のような、明るい笑顔で手を振るのは、その外見にそぐわぬ才で、会計部二人の尊敬を勝ち得た、24歳の生物教師。
「こんにちわ、海野先生。トノサマも」
ぶにゃーん、と。
いつものように、少し潰れた声も味のある、海野の相棒であるネコは、七条に挨拶を返す。
犬のみならず、ネコもまた、飼い主に似るものなのか。トノサマは、とても頭がいい。恐らくは、天才的、と言える程。
「この間、お願いしてた件だけど」
嬉しそうに頬を紅潮させた海野が、満面の笑みを浮かべながら、七条を見上げる。
それに併せるようにまた、微笑みを浮かべた七条に、海野は楽しそうに笑う。
「七条君が、伊藤君に話をしてくれたんでしょう?すっごくすっごく助かっちゃった。本当にありがとう」
熱烈に感謝の意を陳べられて、七条は困ったように微笑する。
確かに、海野からの相談は受けていた。「七条君は、伊藤君と仲良しだから、伊藤君にお話できるでしょう?」とのそれは、相談、というよりも、おねだりと言った方が正確であったかもしれないが。
しかし、海野のためにした事、という訳ではなかったのだ。実際には。
啓太が海野と仲直りしてくれれば、啓太は今までのように、休日を生物室での手伝いで過ごす可能性もある訳で、そうなれば、七条もまた、啓太と共に過ごす時間が多くなる。
そんな下心のたっぷり乗った、それは行動であったので。
本人は全くの無自覚ながら、学園MVPとなったあの少年は、誰からも好かれ、愛される。誰もが彼と時間を過ごしたいと願い、己の領域に引き込もうとする。
かくいう己もご多分に漏れず。
啓太が会計部にお茶を飲みに来てくれるようになるまで、七条は随分と網を張ったものだった。義理堅い彼が、せめてお手伝いを、と言うのを快く受けたのも、仕事がある、との口実があれば、彼はまた会計室に来てくれる、という目論見があったればこそ。
今では、彼は会計室に来る事を本当に楽しんでくれている、との手応えは得ていたのだけれど、それでも決して楽観はできない。
殊に、彼が学生会の仕事をも手伝っている現在、学生会の方が仕事が溜まっているから、などという理由で、彼は申し訳なさそうな顔で、七条に午後のお茶会への断りの言葉を口にする。
彼と過ごせる貴重な放課後の時間を学生会に奪われる、などという事がたびたび発生するに至り、啓太を己の領域へと取り戻すための駒を探していた、そこへ転がり込んだ今回の話という訳で。
要するに、海野と啓太の間を取り持つ、というのも、七条にとっては、はっきりと己の利益に適ったものであったのだ。
「今度、ちゃんとお礼をするね」
「大袈裟ですよ、先生」
「そんな事ないよ。七条君は、一生の恩人だもの」
軽く首を横に振る七条に対して、海野の笑顔には一点の曇りもなかった。
今日の空もまた、雲ひとつ無い、晴れ渡る蒼穹。
七条臣。彼が己の行動を、一生の不覚、と自覚するのは、未だ少々の時間が必要なようで。
「七条君も、たまには生物室に遊びに来てねー。西園寺君もー」
元気に手を振る海野の口から、「伊藤君も」の言葉がなかった事に感じたちょっとした違和感は、七条によって、ならば僕がお誘いに行けばいいですね、との甘い口実へと変えられる。
啓太にとって、生物室が『たまに』遊びに行く場所ではなく、彼が放課後に『必ず』立ち寄る場所になってしまった事など、現在の七条には知るよしもない。

青い青い空が何処までも広がる日の、それはちょっとした出来事。



END



七条と海野。計算黒と天然黒ってカンジで、今回は先生、一歩リード。
海野、学園最強King of 攻、熱烈希望。








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