思い返すと結構しあわせだった


暖かな日差し
綺麗な風
木々の緑と青い空
貴方が隣にいるということ



ほかほかとした陽光の暖かさを、時折、冷たい潮風が攫っていく。
だけど、そんな風だって、嫌いじゃない。太陽に照らされ続けて、時に熱くさえ感じてくる、そんな体を冷ましてくれる。いつだって、綺麗な空気を送り込んで、ともすれば、とろとろと眠ってしまいそうな頭をすっきり目覚めさせてくれる。
今、この時のように。
啓太は、風の冷たさに嬲られて、ぶるりと身を震わせ、そして、思わず身を縮めた。その無意識の動作の拍子に、ぽっかりと目を開ける。体は目覚めた。しかし、未だ意識の覚醒は追いつかなかった。ただ、ぼんやりと目に映るものを、映るままに見つめるだけだ。
転がったままだと、壁のようにそそり立って見える、低木の茂み。上を向けば、どこまでも広がる青。遠く漂う潮の匂いは、頭上の青を一瞬、海とも見紛わせる。
何だか不思議だった。とても満ち足りた気分だった。自然と、笑みが零れる。一人、えへへ、と笑いながら、啓太は横へと転がってみる。
その時、ぽすん、と己の体が何かに嵌った。そんな気がした。
………あれ?
目の前には、シャツの白。しっかりと筋肉のついた胸。力強くがっしりとした長い腕。汗の混じった体臭は、太陽の匂いに似ている。
すっきりとした顎先から唇のライン、綺麗な鼻梁、目を伏せていると、驚くくらい繊細に映る面立ち。
「……おうさま?…」
何故か、啓太は、王様こと学生会々長丹羽に身を擦り寄せていた、のだった。


現状がよく判らない。
何故か、丹羽は啓太の隣に寝ていて。
今でも、起きそうな気配はない。
啓太は、丹羽のシャツの端を握り込んだまま、顔を彼の胸に殆どつけんばかりだった事に気づいて、慌てて手を離した。彼を起こさないように慎重に、寝転がったまま、後退る。
…………えーっと?
取りあえず、考えてみよう。いや、思い出してみよう。
表向きは、ぼんやりしたままながら、啓太は考えていた。一所懸命、考えていた。
何故、己はここに眠っていたんだっけ?
空転を続けた思考は、何とか記憶の端を掴み取る。
あんまりいい天気だったから。
日向ぼっこがしたいなぁ、なんて、思ったんだった。


珍しく、何もない放課後だった。
和希は「仕事があるから」とサーバー棟に行ってしまったし、テニス部も、今日はミーティングが主な活動らしく、覗いたコートには誰もいなかった。
岩井の取りかかっていた絵も一段落していたから、現在は寮で、篠宮に小言半分の世話を焼かれているはずで。
それと入れ替わるように、海野は、新しい実験のデータが取れるまでは、と研究所に籠もりっきり。
相変わらず、自転車で走り回る滝は忙しそうだったし。
学生会を訪ねたら、副会長中嶋には「今日は仕事はない」と言われた。どうやら、溜まっていたあらかたの書類を、まとめて会計部に送り込んだ後らしい。滅多に感情の起伏を見せない彼が、随分と満足そうだったのが印象的だった。
学生会からの書類が大量に回ってきたのだったら、きっと、現在の会計部は大変なはずで、そちらのお手伝いができないか、とも思ったのだけれど、会計部の仕事はお金が絡んでいるだけに、部外者である啓太が役に立てる事は少ない。どころか、啓太が訪ねていったら、優しいあの人達は、仕事の手を休めて相手をしてくれるかもしれず、それはかえって足を引っ張る事になってしまう。
ただ、中嶋に、提出書類の修正があるかもしれない、とか、次の仕事の打ち合わせがしたい、とか、そういう事なのだろう、「丹羽を見つけたら、部室に来いと伝えてくれ」と言われて。
そうして、丹羽を探しながら、学園内を半ば散策していたのだった。
そうしたら、あんまりにも日差しが暖かで、風が気持ちよくて。
前に、丹羽を探していた時、偶然見つけた空き地を思い出して、そこに潜り込んだ。
王様の好きそうな場所だなぁ、なんて思っていたから。
勿論、そこに丹羽の姿はなかったのだけれど。
あんまりにも日差しが暖かで、風が気持ちよくて。
ちょっとだけ、と己に言い訳をしながら、横になった。だって、あんまりにも日差しが暖かで、風が気持ちよかったから。


そして現在、目の前には、探していたはずの人がいる。正確には、眠っている、のだけれど。何故、丹羽が啓太の隣で眠っているのか、相変わらず、よく判らなくはあるのだけれど。
ゆっくりと身を起こす。すると、己の肩から、何かが滑り落ちた。見ると、それは赤いジャケットだった。学園指定の基準服のそれである。
そもそも、啓太はジャケットを着たまま、眠っていた。だから、当然、これは啓太のものではない。
学園指定の赤いジャケット。啓太のサイズよりも随分大きな。
そして、目の前で眠る人。規定の白いシャツを胸元まではだけさせて。
啓太は、丹羽の胸に、そっとジャケットを広げて、掛けた。
「…えへへ」
中嶋から頼まれたのは、「見つけたら、部室に来いと伝えてくれ」という事。だけど、丹羽は眠っている。それに、日差しは暖かで、風は気持ちいい。
だから。
一緒に怒られるのも、いいかな、なんて思うのだ。
啓太は、再び、丹羽の胸元に潜り込む。
日差しはこんなに暖かで、風はこんなに気持ちいいから。



一緒に怒られるのも、いいよね。



END



たまには、ね。って事で、啓太編。
ある意味、相思相愛のふたり。








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